2021年もあけまして、何だかんだといろいろあるとは思いますが、今年はおめでたいことがあるといいですね。
……今「2021年」と書いてみて、何だか変な感じがしますね。「自分はもうそんな未来を生きているのか!」とビックリするというか。昨年もそうだったですかね。忘れてしまいました。
新たな一年、さぁどうしたもんですかね。これといった言葉が出てきません。
私としては、昨年よりもう少しましになるといいなと願うところです。2018年後半~2019年がかなり危うく、2020年に何とか持ちこたえたという感じなので、その調子でさらに落ち着いてくれたらいいなと。
でも、悪くならなければそれでいいですという気持ちもあります。長年この冴えない調子でやっているおかげか、あまり高望みもしなくなりました。
痛くなければそれでいい。
これがほんとに一番です。痛いのは嫌。まじで無理。痛くなければそれでいい。
昨年「「生きる」が正しいのか年を経るごとにわからなくなっていくのですけれど」と書いていますが、本当にわからない。何もわからない。最近「何が正しいのかわからない……」と泣きそうになることが多くて困ります。
ってなんで新年早々こんなに辛気臭いことを言っているんだって感じなんですけど。リアルの親戚や知人にはこんなことを言えませんよね、こうやって本音を吐き出せる場所があってよかった。あーあ。
さて、恒例のあけおめ投稿のリンクでも貼っておきましょう。
何というか、年々活力が失われている感じがします。
まあ力は徐々に失われたとしても、深みを出していけたらいいじゃない! ということにしておきましょう。
深みをね、キラキラキラキラしてたら、深みは出ませんからね。鬱蒼とする感じで、程よくドロドロさせつつね、とろみをね、出していけたらいいですね(何の話?)。
まぁまぁまぁ、あまり気張らず、たんたんと、できれば楽しい雰囲気を醸しつつ過ごしていけたらいいなぁと思います。
新たな一年が穏やかな年になりますように。
ナミさま、ことしがよいお年でありますように!
わたしは、生きたい。
わたしは去年の8月に決断しました。とうとう英語の科目を教えることをやめました。去年度の受験では、わたしは塾講師として奇跡合格者を6名出しました。この調子なら大丈夫、実力が出ていると思っていました。
5月のコロナ騒動中には、Zoomによるリモート授業を少ししたり、以前勤めたスーパーの他店舗にダブルワークを目指して応募し不採用になったり、生きた心地がしませんでした。
塾再開後の6月にびっくり。それまで教えていた高校生がバタバタとやめ、わたしが教えていた中学生も新人講師たちに奪われたのです。経済事情の変化が原因で、生徒は進路希望を変え、新人講師の応募が増加したようです。
新たに担当したのは部活動推薦を逃しても進学したい数人の高校生だけ。労働負担増、収入は去年の半分以下。もはや奇跡合格を出してもダメ。生きられない!教室長に相談しましたが、わたしに善意と誇りがあるので、タカをくくっていました。
8月に中学校サポーターの募集があり、これなら英語が教えられる、消毒係でもいい、エイヤ、と思い地元中学校へ行きました。すると校長は「外国人生徒を指導してもらいたい」。募集広告には書いてないじゃん!英語は教えられないじゃん!でもわたしは言いました。「はい、やらせてください!」わたしは生きたい。
わたしは今、塾をやめて外国人相手に英語で英語以外の科目と高校入試の面接・志願書指導をしています。生徒の顔つきが日本人とちがーう。でもかわいい!なつかれています。英語が通じない生徒もいるので、わたしはポルトガル語も勉強中。でも、学び始めて三カ月でポルトガル語が少し話せるようになり、生徒や通訳の人に使うとびっくりされます。
ナミさま、どうであっても生きるしかありません。
ナミさまはしあわせであれ!
ナミさん
明けましておめでとうございます。本年もナミさんのお話、楽しみにしております。いつもありがとうございます。
痛みのない1年になりますよう、祈念しております。
ちょっとおそいけど、あけまして おめでとうございます。