『最後にして最初の人類』を観たら頭痛がおさまった

映画『最後にして最初の人類』を観たら、長く続いていた頭痛がおさまりました。

いや、たまたまだってわかってはいるんですけどね、因果関係を見出したくなるようなタイミングだったのでね、そうだったらいいなぁという願望を含んだ戯言をね、言いたくなったのです。

映画の内容はわけわからん系です。絶対眠くなるだろうなぁ~と予想しましたが、何だかんだ最初から最後まで没入していました。

で、映画が終わって「あーわけわからんかった~」と余韻に浸ろうとしたら、痛みが治まっていることに気づいたのです。

あれ? あんなに痛かったのになんで?! って。

これ、ほんとにたまたまですか?

正直たまたまじゃないと思っている自分がいます。悠久の時間を感じることによって、身体の状態、体勢が変わったんじゃないのかという気がしている。あるいは精神的なもの? こちらはよくわからないですけれども。

実際のところはどうであれ、私の中では、「『最後にして最初の人類』を観たら頭痛がおさまった」ということになってしまったんですね。だから、こうしてブログにその旨をしたためている次第でございます。

というわけで、映画を観て思ったことを書きます。

まず、この作品を選んだ理由は、音楽がこだわりっぽい短めの作品(71分)で、痛みがちょっとは紛れそうな気がしたこと。前から気になっていた作品でもあったので、「これだ!」と即決しました。

感想としては「わからん」、これに尽きます。けど、こういう映画は好きです。意味深な音楽もいいじゃないですか、交響曲みたいで、よくよく耳をすませると、いろんな楽器が細やかな音を奏でていて、不協和音かと思いきやそうではなくて、なんとも言えない絶妙な音。素人にはよくわかりませんが、なんか手が込んでそうなことはわかる。深みがすごいといったらいいのか。

本作は、役者さんが一人も出てきません。キャスティングされているのは、ティルダ・スウィントンのナレーターのみ。

この作品における語りは、20億年先の未来から語りかけていますという体なんですが、この、ティルダ様がこちらに語りかけてくれてるってとこがいいじゃないですか、テンション上がる~。

人類の長い長い歴史を感じさせる内容で、映し出されるのは無機物と有機物。あと、よくわからない観念。これは一体どういうことなんでしょう。

本作の主役とも言えるのは、なんかデカい謎のモニュメント。「これ、つくったのかなぁ? CGではなさそうだよな~」と呆けて観ていたのですが、いずれも実在の巨大建造物だそうでびっくり。旧ユーゴスラビアの「スポメニック」というものだそう。とってもユニークな造形です。どういう背景・コンセプトで作られたのか大変興味深いところです。

全体的にお芸術という感もあって、そういう文脈での解釈はわからないのですが、自分のメンタルがおかしかったときの「変さ」「不可解さ」「奇妙さ」で理解できる部分があります。もちろんそれは私の好き勝手な解釈でしかないのですが、「あーこの感じあったなー」と懐かしさを感じることができるから、こういう作品が好きなのかなとは思います。心が揺らぎやすくて浸透しやすい人は親和性があるのかも。

また頭が痛くなったら観てみようかなと思います。いや、体調が万全のときに観たら、もっと愉快な鑑賞体験ができるのかもしれないですね。

『最後にして最初の人類』を観る | Amazon Prime Video

 

1 COMMENT

エマ

ナミさんこんにちは!
なんでこんなに精神不安定なんでしょう
難しい。
また来ます

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