「私はゴミ」と卑下したくなったとき思い出すこと

「私はゴミのような人間だ」

そんなひどい言葉を自分に投げつけたくなることがあります。

どうして自分に優しくできないのでしょうか。

きっかけは他人に直接「おまえなんかダメだ」と非難された経験でしょうか。その言葉に納得できなくても、嫌な思いをすれば、自分の言動を控えるようになります。「いえいえ、私なんて……」とへりくだった態度でいれば、「調子にのってる」と悪口を言われることもありません。

あるいは、人と比べて劣る事実を目の当たりにしたとき、「ダメだ」と言いたくなります。感情に流され、否定ルートに入ってしまうのはよくあるパターンです。

短所は目につきやすいので、自分を否定する材料は次々と集まります。

「私はダメだ」
「何をやってもうまくいかない」
「どうせ私なんか……」

自分の能力を低く見積もるようになります。「自分で実現する予言」の始まりです。否定的な予測をして行動を制限する。行動を制限するから、予測どおり失敗する。その結果、否定的な予測を信じ込み、悪循環にハマる。これを断ち切るのは簡単ではありません。

 
どうしたら卑下する癖をやめられるでしょうか。

「人と比べない」
「自分を大切に扱う」

よくある答えです。そのとおりだと思います。でも、なかなか思うようにできません。

例えば、「自分自身をVIPのように扱おう」という提案は素敵です。でも、自分はそんな扱いを受けるような存在ではない、取るに足りない存在だと思ってしまうときには難しい。まずはその「自分に価値がない」という考えをほぐす必要があります。

そこで私がいつも思うのは、すべてのものに「価値」や「意味」はないということです。いつか耳にした「みんなちがって、みんなダメ」という言葉も思い出します。「すべてのものに価値がある」よりは納得しやすいと感じます。

すべて無意味で価値がないからといって虚しくはありません。「何でもOK」という捉え方だからです。つまり否定される理由もありません。

この考えをベースにしておくと、気持ちが少しラクになります。「社会」や「人生」を上手にできず、「私はゴミのような人間だ」と思っても、仕切り直せます。

道端に転がっている小石も、空の星も、あなたも、私も、みんな同じ。

「これが無益ならすべてが無益だ」

そんな映画のセリフもありました。フェデリコ・フェリーニ監督の『道』で、大道芸人イル・マットが、「私は何の役にも立たない」と落ち込むジェルソミーナに言った言葉です。

「すべてのものに価値はない」
「すべてのものに意味はない」
「みんなちがって、みんなダメ」

価値や意味は人に押しつけられるものではなく、自分で見出すもの。

だからこそ、視野を広げて、面白さを見つけようと事あるごとに思います。

同時に「星屑」という言葉もあるよなぁと思い出します。

 

【関連ページ】
すべては無意味です。
前にも同じようなことを書いたなと思いながら、また書いてしまいました。

私には価値がない?自尊心を手に入れる4つの方法
「自分自身をVIPのように扱う」の話はここから。

【参考書籍】
大野裕 (2003)『こころが晴れるノート』創元社

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。