権利のために闘う人々に憧れて/『未来を花束にして』感想

政治のニュースを見聞きするとムカつき呆れる今日この頃。というか、ここ数年はずっと政治家の不誠実な態度、国民を舐めているとしか思えない言動に激おこなわけですが、だからといって何か行動に移せるわけでもなく、選挙に行ってあとはせいぜい各種運動に署名するぐらい。

「服従と沈黙は罪」などと言われればまったくその通りだなと思う反面、素直で大人しい人間が罪ってことはないだろうとも思うのだけれども、確かに諦めてしまったらおしまい。

軟弱者の私は「もうおしまいだ~」という気分に支配されがちですが、反骨精神を持って生きていきたい気持ちもあるにはある。ので、そういう気概のある、ロックな人々の生き様に触れると勇気をもらって「うおー」となります。
 

例えば、『未来を花束にして』という参政権を求めて闘う女性たちの映画を大分前に観たのですが、弱気になって「長い物には巻かれろ」的な考えに陥るたび、彼女たちの姿を思い出します。

物語の舞台は1910年代のロンドン。女性が選挙権を持っていなかった時代です。その中で「女にも政治に参加する権利があるんだ!うおー!」と訴える運動家グループの活動が映されるわけですが、それがもう過激ですごい。お店のショーウィンドウに石を投げつけて破壊するわ、郵便ポストや家屋は爆破するわ、もうほとんどテロ。死傷者が出ないように配慮するとか言うけど危険がすぎる。

そんな行動に「えーそれはダメだよ」と驚きおののきつつも、そうでもしなければ自分たちの話を聞いてもらえなかったんだと思うと胸が苦しい。そうやって闘ってきた人たちがいたから今がある。今こうして「ダメだよー」と生温いことを言えるのも闘ってきた人たちのおかげ。そう考えると口ごもってしまいます(もちろん暴力的な破壊行為を肯定するつもりはないけれど)。

最初は無関心だった主人公が変化していく様を丁寧に描いているのもこの映画の良いところ。虐げられ搾取されるのは当たり前。疑いもしなかった現実が、実は間違っていたのかもしれないと気づいていく。我慢していたことがたくさんあった。そういうものだ、他に選択肢はないと諦めていた。それが少しずつ変わっていく。行動によって、言葉によって。嫌だったことを嫌だと言っていい。こんなのおかしいと声を上げていい、上げるべきだ。闘う女性たちと出会い、彼女たちの思想にふれる中で、主人公が目覚める。生きる力を得る。私たちはおまえらの奴隷じゃねえうおーーー! 

とそんな姿を見て、観ているこちらも思わずうおーーー!となるわけですが、もし自分がこの時代に生きていたら、きっと保身が勝って闘うことをしなかっただろうなと思います。いや、そうじゃないと思いたけど、今の自分の弱さを思えば、とても無理だろうなと。だからこそ、不屈の意志で闘った人たちが眩しい。そんな姿に、後ろめたさやもどかしさを感じて、口の中の肉をぐっと噛みました。

 
服従と沈黙はいけない。

自分の生き方は自分で決めるんだ、誰かに支配されることは拒否するんだ、権力が弱きものを踏みつぶすことを許してはいけない。

せめてこのことを忘れないように生きていきたい。

と思いながらも、やっぱり心は弱弱で、情けなさが募るばかりです。

 

 

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