自分がわからない。わかりたい、でもわからない。楽しい迷子、もう一周

最近頭の中が混線しています。交通渋滞を起こしている感じがするんですよね。あれこれ考えすぎかもしれない。レイヤーとか論点とか、整理整頓強迫症みたいになってるかも。まあ理解したいという欲求を満たそうとしているだけとも言えるのですけれど。実際「わかった、なるほど」「そういうことか」と納得できると気持ちいいから。気持ちいいのは素晴らしい。

一人ひとりがどんなふうに世界を見ているのか、それを知るのが楽しい。そしてそれを自分の世界の見方と比べて、違いを楽しむ。そんなわけで、自分が知らない、つまり、わけのわからない見方・考え方をする対象に出合うとちょっとワクワクします。でも、自分が対象を嫌いになってしまうと途端に興味を失ってしまうこともあり、このあたりの自分の心持ちも興味深いところです。

自分は人間に興味があるんだなと最近気づきました。科学のあれこれ、例えば宇宙とか先端技術とか数学とかそういうものも面白いと思うけれど、それ以上に面白いのは、それらの対象に興味を持つ人、そしてなぜその人がその対象に興味を持ったのかということだったりする。

なんでしょうね、個人的な物語が好きなんですかね。ならば小説を読めばいいじゃんと思うのですけれど、いや、実際映画や漫画はいろいろ観ている読んでいるわけですけれども、やはり生身の人間にはかなわないところがあるのかな? そうでもない? どうでしょう?

やっぱり一つの作品としてパッケージングされていると、その作品を成り立たせる上では不要な部分が削ぎ落とされていたりするから、その「無駄」とされる部分も見てみたいということなのかもしれないです。

いや、違うかもしれない。

本当にわからない。

自分がわからない。

そう、多分自分がわからないから、自分を少しでも知りたくて、他人をその足がかりにしているところもあるんだと思います。

そしてそのプロセスが思いのほかめっちゃ面白いじゃん!みたいな?

これだけでかなり満足なんですよね。もっと他のことにも意欲的に取り組むべきなんだろうと思うんですけど、これ以外のことをやりたいと思えない。積極的になれない。

まあ好きなことしかやりたくないってのは誰もが思うことか。

そんなところで一段落。

私はメビウスの帯をぐるぐる歩いているのだと思います。

「何だこれ、とりあえず歩いてみるか」
「あれ!?裏側に来た!?」
「なんじゃこりゃ~~~!おもしろ~~~い!」
「もう一周しよ」

みたいな。延々続く道程です。楽しい迷子。なんか人生っぽいですよね。

 

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