『人生に、上下も勝ち負けもありません:精神科医が教える老子の言葉』を読みました。
著者は精神科医の野村総一郎さん。うつ病や双極性障害の一般向け書籍をたくさん書いている先生なので、うつを経験した人なら著作を読んだことがあるかもしれません。認知行動療法の解説書『いやな気分よ、さようなら』の翻訳者でもあります。私が読んだ中で印象に残っているのは『うつ病の真実』(感想はこちら)。これはとても面白かった。
そんな野村先生が語るさまざまな言葉。めちゃ優しくて癒やされます。いや、癒やされるというか、こういう人がこの世界に存在しているんだと思うと、それだけで嬉しく思います。優しい人がいるってことは、とても心強く、慰めになるものですね。
内容も概ね同意。「死にたい」「死ぬしかない」という希死念慮を抱え生きている人にとっては必要な考え方です。心が軽くなると思います。「~しなければ」「私はダメな人間だ」と考えてしまうときに思い出したい考え方がたくさん。きっとよい処方箋となるはずです。
その一方で、ゆるく、弱く、ふにゃりきった私には、もっと喝が必要なのかもしれないとも思いました。でも、喝を入れてもらったところで「それが何だ」と思って終わりそう。そう考えれば、やはり本書にほぼ同意。
社会で当たり前とされている常識は本当に正しいのでしょうか? という前提から始まる本書。老子の言葉を噛み砕いて、その言葉を象徴するモノをイラストで紹介しています。精神科医が意訳するから「医訳」。アンチ孔子の老子&心のお医者・野村先生のハイブリット思想が、ふわふわするりと入ってきます。
野村先生は、何が正しいか決めるのをやめる「ジャッジフリー」を提案しています。日々の悩みも解釈次第。老子の言葉と野村先生の解釈が、これまでの凝り固まった考え方をほぐしてくれます。
同時に、ジャッジフリーで語ることの難しさも痛感します。
道徳を重視する儒教の孔子。対する老子は、従来の考え方を逆説的に捉えて「ほらどうですか」と示す。柔らかなようでいて、時にカウンターパンチをくらわすような印象があります。
そんな老子の「逆転の発想」は、油断すると、優劣や良し悪しの判定をひっくり返しただけの結果になることも。「柔弱は剛強に勝つ」なんかがわかりやすい例です。
本書では、「挫折を知っている人の方が、挫折を知らない人より強い」という考え方が紹介されています。自分の失敗や在りようを責め立てている人には心強く思える考え方です。でも、「自分は挫折を知らない」と思っている人からすれば、「私は劣っている」と感じるかもしれない。ジャッジフリーのはずなのに、判定が存在してしまう。
野村先生は「どっちでもいいですよ」「好きなものを選んでくださいね」というスタンスで語っているし、それが基本姿勢になっていることは間違いありません。でも、いざ実践しようとするとなかなかね。これだけ「価値あることが素晴らしい」的な価値観に染まり切っていると、「風に吹かれているだけさ~」とふにゃふにゃするのも難しい。長年培ってきた捉え方・考え方を変えるのは一朝一夕にはいきません。
ともあれ、穏やかな気持になれる素敵な本でございました。
今すぐ実践できる具体的なワークが紹介されているのもよいところ。感情をコントロール方法や、問題に気づくためのヒントなど、役立つ何かがきっと見つかるはずです。