いつまでも余韻が残る作品ってありますよね。
主人公のセリフが忘れられないとか、あのシーンが目に焼きついているとか。具体的なエピソードを挙げらなかったとしても、どういう部分に心動かされたのか大体の見当はつきます。
が、それがよくわからないのに、ずっと余韻が残り続ける映画を観ました。
『きみの鳥はうたえる』
監督・脚本:三宅唱 / 2018年 / 日本
観終わった直後の感想。よくわからん。いや、お話はわかるけど、自分の気持ちがよくわからん。
登場人物たちの適当さがよくわからん。いや、わからないことはないけど、わからんと言いたくなる。わかりたくないってことなのかな? と思ったけど、別にそういうわけでもない。嫌悪感はない。ただ、どこか現実味がなくて、気持ちのやり場に困るというか……。主人公の「僕」と、恋人の佐知子。特にこの二人は特異で、村上春樹の小説の登場人物みたいだなと思いました。
若き日の楽しくて切なくて気だるい瞬間瞬間を追体験させてくれるという点で、この作品が素晴らしいということはわかります。今の言葉で言うと「エモい」という表現が合いそうです。なんとも言えないこの気持ち。儚さとか浮遊感とか、永遠に続いてほしいけど、終わりがくることもわかっているモラトリアム的な時間。ちょっとヒリヒリするような感じもあるんだけど、でもそのあたりが麻痺してよくわからないみたいな。ベールがかかってるというか。青春という一言でも表しきれない何か。
最後の音楽がかなり好きでした。あんな不安定な曲ほかに知らない。この映画にぴったり。この作品の終わりに聞いたから余計そう感じたのかも。最高だよ……とちょっと恍惚といたしました。そんな不安定からのビートルズがまたグッド(うろ覚え)。
個人的な好みから予想するに、原作小説を読んだらハマりそうな気がしました。佐藤泰志原作。初出は1982年。映画は現代風にアレンジしてありましたが、どの時代にも通じるものが描かれているのでしょうね。小説もチェックチェックと。
それにしても、何気ない日常のシーンが妙に生々しくて「うがー」ってなるんですよね。「あるある」の共感で軽く消費できる具合にしてもらえると呻かずにすむんですけど、この映画はあまりにもリアルすぎる。邦画ってそういうものだっけ? 役者がうまい、あるいは、演出が優れてるってことなのでしょうか。あるいは撮り方? 照明? 音響? 編集? とにかく、なんか泣きたくなるんですよね。
画面が青いのも演出効果として大きいのでしょうか。「クラブのシーン長いなぁと思ったけど、その間延びした時間も倦怠感を伴う楽しさとして重要なんだろうなー」とか、映画の文法がわからないなりに、感じるところがありました。でも、言葉にできないから「うがーーー」となっています。
いやほんと、ポスタービジュアル見るだけで泣きたくなる。なんなんでしょ。
エガちゃんこと江頭2:50さんの子供時代の話を本で読んだときにも共通する気持ちを感じたのですが、要するにノスタルジーみたいなものなんですかね? 過ぎ去ったもの、取り戻せないもの、失われたものを思って傷が疼くみたいな? わからない……。
全編通して「うがー」となっているわけではないので、観終わってから、自分の心と照らすと「うがー」となるってことですかね。妙な化学反応を起こす映画ということにしておきます。
余韻の発生源がよくわからないとか、擬音だらけの感想になってしまいましたが、細かい部分で「ここ好き」と思える場面がいくつもありました。
エガちゃんの話はこの本で読みましたって意味で作品情報のっけましたけど、せっかくの映画の雰囲気ぶち壊しですね。『きみの鳥はうたえる』を観た頃に、たまたま読んでいた本です。「私もそれ好き!」と共感する映画がけっこうあってびっくり&面白かったです。