ナミうつブログ

「うつ」のお悩みを軽くするヒントを双極Ⅱ型障害の人が模索するブログです。

本質とは何だろう?「わかったつもり」に要注意

 

愉快なポーズを取る子供

何かにつけて「本質」という言葉を使う人がいました。

「本質を見抜け」
「物事の本質を見失うな」
「これこそが本質だ」

最初は「うん、そうだな」「なるほど」と頷いていました。

しかし、だんだん「本質」というコメントが耳につくようになりました。

(この人すごい「本質」って言う……!)

(「ザッツライト」のノリで「本質」って言う……!)

気にしだしたら、話の内容が入ってこなくなりました。

(本質ってそんなにたくさんあるもの???)

それ以降、私は「本質」という言葉に敏感になりました。

いろいろな人がいろいろな所で「本質」という言葉を使っています。

もちろん私も使います。

「本質」とは何か。

改めて考えると、よくわかりません。

今はただ、「本質」という言葉に過剰反応するばかりです。

それで特に困っているわけではないのですが、「本質って何だぁぁあぁぁ」と一人悶える時間が長すぎる気はします。

ので、この「???」にけりをつけるため、今日は「本質」について考えます。

「本質って何?」違和感の正体

「本質」という言葉が気になりだしてから浮かんだ疑問がいくつかあります。

  • 本質って何?
  • あの人が言う本質は本当に本質なの?
  • 本質はいくつもある?
  • 本質ははっきりと言い切れるもの?
  • 何か見落としてない?

言葉の使い方が間違っているとか、話の内容を非難したいわけではありません。ただ、捉えどころのない違和感があるのです。

発言の内容をたどったり、辞書を引いたりしてみるものの、しっくりくる答えは見つかりません。

そこで今度は、自分が「本質」という言葉を使いたくなる場面を思い返してみました。

このブログでも使っています。たとえば「幸せだろうが不幸だろうが不安は常につきまとう」で書いたこと。

その人は、私にいろいろなことを教えてくれた人生の大先輩です。ミーハーで俗っぽい仮面をかぶっているけれど、物事の本質を見抜いている、そんな人物。

「物事の本質を見抜く」、ありました。

私は「本当に大切なこと」ぐらいの意味合いで「本質」という言葉を使っています。

他の場面で使うときも、似たような感じです。

このときの頭の中はどうなっているか考えました。

  • 「本質」という言葉を使うことで、思考停止に陥ってない?
  • 「本質」が何か詳しく説明できなくない?
  • わかった気になってるだけじゃない?
  • ただ言いたいだけじゃない?

イエス! まさにそうだと思いました。

そして、これこそが「本質」というワードを連呼する人に対する違和感の正体だと気づいたのです。

言葉の響きを楽しむ遊びの注意点

意味もなく適当なワードを連呼するのって楽しいですよね。

忖度とか僥倖とか諧謔とか「何ソレ?」と言いたくなる言葉を連呼しているときって、たぶん脳内麻薬が出ています。

だってなんかキモちEもの。

賢くなったような気がするからでしょうか。

スリランカの首都「スリジャヤワルダナプラコッテ」を連呼する小学生のマインドにも共通すると思います。

日常では出会わない刺激を手に入れて、めちゃくちゃ嬉しくなってしまうのです。

これは全然悪いことではありません。

ただ、「○○は◇◇である」とはっきり言い切れない言葉を使うときは注意が必要です。

なぜなら、どんなに難しい言葉でも、使い慣れると「私はこの言葉を理解している」と勘違いしちゃいそうだから。

遊びで言っている分には問題ないでしょと思いつつも、「私はわかってる!」と鼻の穴を膨らます無邪気さを暴走させてはいけないなと思います。

抽象的ワード禁止で得られるもの

「なんかちょっと上級っぽい言葉を使ってわかった気になっちゃってた自分」に気づいた私は思いました。

「禁止語のルールがじわじわ効いてるな」

禁止語とは、「実体をつかみにくい言葉を使っちゃダメよ」というルール。『知的複眼思考法』(苅谷剛彦著)で学んだ思考のトレーニング法です。

【参考】考える力を養う『知的複眼思考法』- 解決の糸口をつかむ問いのテンプレ集

個性、生きる力、自然破壊、人権、インターネットなどなど、何となくの雰囲気で理解している言葉はたくさんあります。

でも、これらの言葉を噛み砕いて説明しようすると難しいんですよね。

『知的複眼思考法』を読んだときに、このことを痛感しました。

ぼんやりとしかわかっていないことを「わかっている」と思い込むのはよくない。ちゃんとわかっていないことを自覚しないと。

以前に比べれば、このあたりの態度もちょっとはましになったような気はします。

でも、たとえわかっていないことを自覚できたとしても、私には理解しようとする態度が足りていないんですよね。

だってムズかCから。

物事を分析したり、論理を積みあげて考えるのは大変です。

だから早々に諦めがち。

もうちょっとチャレンジ精神とガッツを持てたらいいんですけどね。

最後に

「本質を見抜け」

そう言われたら、

「全然大事じゃないところに力を入れすぎてない?」

と言い換えるといいかもしれないですね。

でも、「全然大事じゃない」「ムダ」と思っていた経験があとあと役に立った、なんてこともなきにしもあらずじゃん?

といった具合に、私はいろいろなものをごっちゃにして考る傾向があります。そして、感情に流され、モヤモヤを発生させてしまうパターン。

一つずつ丁寧に考えなくちゃいけないですね。

それってすごい難しいですよね。

ここで何とか耐えて思考する体力をつけなきゃいけないですね。

という話をしているそばから逃げ腰でダメですね。

まぁ、できることからやっていきます。

ステップ・バイ・ステップです。
 

 - 雑記・独り言 

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