前回、前々回に引き続き、今回も森山直太朗さんの話です。
死について語ることを否定しなかった人のこと/「生きてることが辛いならいっそ小さく死ねばいい」
「森山直太朗」と聞くと必ず思い出すことがあります。それは、初出場の紅白歌合戦。周りが華やかな衣装をまとう中、直太朗(以下あえて敬称略)はグレーのスウェットトレーナー姿で出演していました。
私にとってはこれがけっこう衝撃的で。「え、そういうのありなの? え、スウェット? コンビニ行くノリじゃん、え、すごい」と画面の前で、ひとり戸惑っていました。
確か15年くらい前の話ですね。最近は、スウェットをオシャレなタウンウェアとして着ることも増えましたが、当時はまだスウェットは家着のイメージが強かったはず。だからこそ私は、スウェットトレーナーを着て紅白に出演した直太朗を見て面食らったわけです。同時に、スウェットが選ばれた意図を一生懸命考えました。「豪華な衣装より、この素朴さが作品の良さを引き立てているんだ」という新鮮味のない答えしか出せませんでしたが。
当時は驚きが大きくて、なぜあんなに衝撃を受けたのかよくわかりませんでした。今ふり返ると、自分の中の「当たり前」を打ち破ってくれたことが気持ちよかったのかなと思います。その意外性が痛快だったからこそ、こんなに強く記憶に刻まれているんじゃないかと。
これはかなり時間が経ってから知ったことですが、直太朗にスウェットを着せたのはスタイリストの北澤momo寿志さんという方だそうです。*1 彼は「本能」を歌う椎名林檎にナース服を着せた人物。これを知ったときに「やられたー!」と思いましたよね。何をやられたのかはわかりませんが納得感があった。あぁ、アンタだったのかい、いや参ったよ、心を激しく揺さぶられたゼ……的な(何者)。
「行き詰まったとき勇気づけられるジョブズのスピーチ」でもチラッとふれましたが、スティーブ・ジョブズの服装も興味深いところです。彼のスタイルは、黒のハイネックに、ジーパンに、スニーカー。いつもこのスタイル。新作発表のプレゼンでも、やはりこの格好。
それを見た私は思いましたよね、「え、ジーンズ? そういうのありなの? お仕事だよね? へぇ、そういうのありなんだ」って。プレゼンといったらカチッとしたスーツ、せいぜいビジネスカジュアルだよね、という意識がありました。もちろん業界によって違うとは思いますが、私の中でジーンズはなかった。
「面接は私服でお越しください」と言われたから、きれいめカジュアルで行ったら、自分以外全員かちっとしたスーツだった。そんな経験ありますか? 気まずいですよね。自分だけ浮いちゃってる感じがして今すぐにでも帰りたいやつ。
直太朗のスウェットやジョブズのジーパンはそれの逆バージョン(ハードめ)です。お堅い企業の説明会にスウェットやジーパンを着てきた人がいた。え!? それってアリ!? 的な驚き。
それこそがアートというものなんですかね。アートというかロック。いや、ロックってなんだろう、「ザ・魂」という感じでしょうか、そう、受け手のソウルを震わすぞ、ハートを撃つぞと。はい、私は直太朗のスウェット姿に撃たれました。ありがとうございました。
森山直太朗ベストアルバム「大傑作撰」に作品解説があります。その中で共作者の御徒町凧さんは次のように語っています。
直太朗は、テーマやモチーフは「なんでもいい」と思っていて、だからこそやれてるのかもしれないけど、俺からすると直太朗にしかできないっていう感覚がある。
たくさんの要素の中から本当に大事なものを選び取り、表現し、人の心を震わせるアーティスト。
めちゃくちゃカッコいいじゃないか。
そう感じた次第です。
<本日の作品>
森山直太朗「大傑作撰」2016年