ナミうつブログ

「うつ」のお悩みを軽くするヒントを双極Ⅱ型障害の人が模索するブログです。

毎日が追悼日、毎日が祝祭日

 

ピンク色の空に咲く花

これはあなたに宛てたメッセージです。

あなたという名の私に向けて話します。

 

例え話をしましょう。

あなたには親しい友人AとBがいます。仲良し3人組です。

ある日、Aの子が生まれました。
同じ日に、Bの子が死にました。

このときあなたは何を思うでしょう。どんな顔をするでしょう。

きっと、自分の気持ちは脇に置き、Aと子を祝福し、Bにお悔やみを言い、Bの子の安らかな眠りを祈ることでしょう。

そしてそれから……?

 

例として子を挙げましたが、別に子でなくても構いません。その人にとって命より大事と言えるほどのものを得たり失ったりしたら、という仮定。

もしAやBが身内だったら。

もしAやBが挨拶を交わす知り合いだったら。

もしAやBが名前を知っている人だったら。

もしAやBが同郷の人だったら。

もしAやBが知らない人だったら。

あなたは何を思うでしょうか。どんな顔をするでしょうか。

 
あるいは、これが、たくさんの人の身に起こったことだったとしたら?

たくさんの人が、至上の喜びを得たその日、たくさんの人が、命より大切なものを失った。

何も得ず、何も失っていない自分は何を思う? どんな顔をする?

 

 

この感じが耐えがたくて、私は逃げ出したくなります。

現実はもっと複雑です。

「幸せは人の不幸の上に成り立っている」、私はわりとそう思います。

そんなことを言ったら、ある人が教えてくれました。

「僕がこのプリンを食べたら 死者でも出るのかい?」という歌があるよと。

確かに、プリンを食べるという行動が、直接誰かを死に至らしめるわけではありません。

でもそれは、何かしらの犠牲の上に得られたものではないのでしょうか。

少なくとも天から降ってきたお恵みではありません。

プリンはどのように作られ、自分の目の前に運ばれてきたのか。その過程で苦悶の表情を浮かべている人は誰一人いないのか。いないのならばいいけれど。みんながハッピーならばいいのだけれど。

私はプリンを食べるときだってシュークリームを食べるときだって後ろめたい。

自分が幸せを感じている瞬間にも、どこかで誰かが泣いている。

だけど、それじゃ自分の心がもたないから、無視する。

見て見ぬ振り。

忘れるべし。

そこにあるのは、自分を善人だと思い込み、甘いクリームを舐める殺傷者の顔。

 

 

「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」

美智子さまはそう語りました。

第26回IBBYニューデリー大会基調講演 – 宮内庁

この言葉はすごい。なぜだか泣きそうになります。

そして、自然と襟を正そうとする自分に出会えます。

それでも私は、軟弱な精神ゆえ、逃げ出すことばかり考えてしまう。

「私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない」

この言葉を思い出すときの気持ちは、おもちゃ箱をひっくり返されたときのやるせなさにちょっと似ています。

色とりどりのおもちゃがあたり一面に散らばって、茫然と立ちつくす。悲しい。何から手をつけたらいいのかわからない。途方に暮れる。

だけど、このまま放っておくわけにはいかない。

テーブルの下に飛んでったブロック片を拾わなければ。

押し潰されて顔が変形しているビロードのうさぎを救わなければ。

このおもちゃ箱をひっくり返したのは一体誰?

 

 

あるときこんな記事を読みました。

他人の幸福を願うだけで不安が減少して精神状態がよくなると判明 – GIGAZINE

確かに、人の幸せを願うと、何だか心がポカポカしますよね。

「人の幸せを願うことなら私にもできるかもしれない」

そう思いました。

黙祷を捧げる日も、祝福をおくる日も、目の前にいる人の幸せを願おう。

至上の喜びを得た人のさらなる幸福を願おう。
大切なものを失った人の悲しみが癒え、よくなることを願おう。

そして、願いを叶えるために何をすればいいか考え、行動に移すことができたら最高。

それができない私は最低、と言わないようにしよう。

 

そして私は、複雑さに耐えるため、プリンを食べます。

被害者の顔をした加害者として。

目の前にいるあなたの幸せを心から願える自分になれるよう努めます。

 

 - 生きづらさを抱えるあなたへ 

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Comment

  1. みっちぃ より:

    私は、直接誰かを死に至らしめました、29年前の交通事故で。
    車で直進中に、目の前を横切ったバイクと衝突。
    相手の方は、死亡しました。
    亡くなったと聞いた時、病院の窓(6階ぐらい)から飛び降りて
    死のうかと思いました。 自分の人生も終了した感じ
    父親(離婚していたが)は、母に「人を殺してきた」と言った。
    ほぼ毎日が追悼日、忘れる事はないでしょう。
    自分が幸せになったらイカン、と罪悪感があるのです
    それでも耐えて生きていかなければならないのでしょうか
    P.S. プリンとシュークリームは大好きです。

  2. あじさし より:

    たくさんのエピソードがあって、なんだかまとまりませんが、ナミさんは「被害者の顔をした加害者」ではないと思います。最近ルイボスティーをよく飲みます。原産地は南アフリカです。そこでしか採れません。アパルトヘイトはなくなったのかもしれないけど、ものすごい低賃金で作られているのかもしれません。でも、こんなに離れた日本で買って飲むことが、彼らの役に立っているかもしれません。似たようなことは日常にたくさんあるはずです。でもそれをひとつひとつ正確に判断して行動するための知識を持つのは、おそらく無理でしょう。疲れてしまいます。
    僕もできるだけ、どんな人にも公平でありたいし、皆がよくなるようにと考えて生きてきました。でも、そう考えない人もいる。それで深く傷ついた。
    でも、僕には人を差別して下に見るような言動をすることはできません。そのようなことを扇動する人たちもいます。この複雑な世界、人生を何とかやり過ごしていきたいです。

  3. hiroko より:

    私は何度も何度もブログで救ってくれたナミさんが、ふわっと穏やかな日々を過ごしていただけることを祈ります。

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