『セラピスト』読書感想 ― 箱庭療法と絵画構成法で癒される心

白衣と聴診器と林檎

最相葉月さんの著書『セラピスト』を読みました。

この本を読み終わった直後の感想をそのまま書くと、「この本に登場するセラピストはすごいなぁ~」「この本をまとめた最相葉月さんはすごいなぁ~」です。

かなり読み応えのある内容で、箱庭療法や風景構成法による治療がどんなものか、それを行うセラピスト(医師やカウンセラーなどの治療者)はどのようにしてクライエント(相談者や患者)と向き合っていくのかということを知ることができます。

冒頭は、筆者の最相さんが受けた絵画療法によるカウンセリングから始まります。最初のページには実際に描かれた絵や箱庭の写真が掲載されていて、イメージとともにカウンセリングの流れを辿ることができます。精神科医・中井久夫さんとのやり取りは、読んでいるこちらまでホッと安心できるような雰囲気。セラピストがどのように心の問題を取り扱っていくのかますます興味がわいてきます。

カウンセリングの歴史

カウンセリングの歴史についても詳しい解説があります。はじまりは、ノイローゼ(神経症)の症状に悩む患者を対象とする精神分析。本人も気づかないような深いところにある悩みを探り当て、言葉にすることによって治療できるのではないか、という考えのもと実践されました。

しかし、症状が改善されないケースがありました。分析によって得られた答えに執着して身動きが取れなくなる人もいました。

「分析でよくなるというより、人の話をじっくり聞くということが大事なんじゃない!?」

そこで登場したのが、カール・ロジャーズの来談者中心療法。指示やアドバイスをするのではなく、クライエントの話をじっくり聞く。共感や肯定によって、クライエントが持っている解決能力や答えを引き出す。

ロジャーズの理論が日本に紹介されてからの盛り上がり、戦後、経済復興の中で心の問題に取り組んだ専門家たちの熱意には、ただただ圧倒されます。

本物のセラピストは希少?

この本を読んでいる間、私は心が大きく揺れ動くのを感じていました。

クライエントが描く心のイメージについての解説や、心理療法を行う場面になると、とめどなく何かが溢れ出てしまいそうな予感がするのです。自分が箱庭にアイテムを配置したり絵を描いたりするところを想像しただけで泣き出しそうになりました。

箱庭は作らない方がいい場合もあるそうです。クライエントの心の内に収まっているものがわーっと溢れてしまうのは危ない。それを守れるかどうか、その見極めが難しいとのこと。

おそらく私の場合はそれほど深刻なものではないのでしょうが、下手にすべてを吐き出してしまったら、自分をうまくコントロールできなくなってしまうような気がします。こういった心の変化をきちんと扱える専門家のもとで行わなければ、うまく処理できずに終わってしまうかもしれません。イメージは言葉のように固定されないからこそ、氾濫を防ぐ堤防が必要です。

セラピストに求められる資質・技量のレベルはかなり高いと言えます。

本書に登場するセラピストたちは、これらの要件をすべて満たしていて、経験も豊富です。「カウンセラーが一人前といわれるには、25年はかかるといわれています」というベテラン臨床心理士の言葉も紹介されていました。

「これは大変だ……」てっぺんが見えない山を仰ぎ見るような気分になりました。

最近の人は気持ちを表現できない?

印象に残ったのは、学生相談室に勤める臨床心理士の話。

近年、相談に来る学生は「内面を表現する力が確実に落ちている」「主体的に悩めない」のだそうです。言葉にもできないし、箱庭や絵画で表現することもできないのだとか。

最近多いのは、もやもやしている、といういい方です

これは……! 私もよく言うセリフですね!

怒りなのか悲しみなのか嫉妬なのか、感情が分化していない。むかつく、もない

多くの臨床家がこのことを感じていて、今世紀に入ってからの現象というのが共通の認識なのだそう。

最近の人は主体性がない。本当にそうなのでしょうか。

もちろんそういう傾向があることは間違いないのでしょうが、私は、表現する力が落ちているのではなくて、表現することを恐れているのではないかという気がします。というか、私はそういう感覚を持っています。「こんなこと言ったらいけないんじゃないか」「自分の本音を見透かされて否定されるんじゃないか」そんなふうに考えると心も体もフリーズします。子どもの頃、文字通り固まってしまうことがありました。誰も見ていなければちゃんと表現できるし、表現したい。でも、怖い。いつも評価されることが念頭にあります。

「もやもやする」という言い方は誰も傷つけません。そこに怒りがあったとしても、それを言ったら誰かを攻撃することになってしまいます。それはダメだし嫌。だからといって、怒りを押さえつけても感情はおさまらない。結果、「もやもやする」。

それに、昔も自分の気持ちをうまく表現できない人はいたのではないでしょうか。来談するほどの問題にならなかっただけで。

能力が低下したのではなくて、変化した環境に合った反応をしているだけ。環境が変わったから、それに対する反応も今までとは違う。そんなふうに私は感じます。

「表現能力が低下している」人たちは、めちゃくちゃ硬い鋼の殻に閉じこもって自分を守っているのかもしれません。

イメージの力・言葉の力

セラピストとは何か? 臨床現場では何が起こっているのか?

この本は今まで知らなかった世界を見せてくれます。

セラピストたちの取り組みを興味深く読み進めながら、書き手である最相葉月さんの存在を常に感じていました。情報を積み上げ、精査し、わかりやすくまとめる。そのためにどれほどの取材をしたのか。足で稼いだ情報と、それにかかった労力を想像するだけでクラクラします。

とにかく一文一文が濃密。濃縮還元100%ジュースを飲み続ける気分です。

最後に、最相さん自身が双極性障害Ⅱ型であることも明かされます。自身の健康問題と深く関わることなのに、これだけ冷静に物事を見つめられることに驚きました。感情を排して、ありのままを伝える。これこそが本物なのだなと思い知らされます。

この本を読めば最適な治療法が見つかるというわけではありませんが、知っておいて損はないと思います。病気でない方もノンフィクションの読み物として楽しめます。カウンセリングや臨床家に興味のある方はぜひ。

2 COMMENTS

コウイチ

いつも読んでいます。
うつ病になって1年位なんですが、薬の治療だけなんで、カウンセリングを受けようと思い色々ネットで探してたら、何処が良いのかわからなくなってしました。
そのまま調子悪くなってしました。ナミさんは薬以外何かやってますか?

返信する
ナミ

コウイチさん、コメントありがとうございます。

ネットでいろいろ調べていると、どの選択がベストかわからなくなってしまいますよね。

カウンセリングを受けたことはあります。認知行動療法も少しやりました。どちらもかかっていた病院で受けました。治療法は人それぞれ合う合わないがあるようですし、そのときの体調によっても効果が変わってくるようですね。

一概に「これが良い!」と言うことはできませんが、本を読んだり運動をしたりするのは悪くないと思います。うつ病関連の本は、病気のメカニズムや治療法について学べて参考になります。一般書や小説も、さまざまな考え方を知ることでカチコチ思考を和らげるのに役立ちました。

『セラピスト』にも書いてありましたが、心理療法にもさまざまなタイプがあって、カウンセラーの方針も人それぞれ……のようです。一度主治医に相談してみると何か参考になる情報がもらえるかもしれませんね。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です