今年読んだ本の中で一番笑ったかもしれない話を今日は紹介します。
読んだのはこちら、作家・田中慎弥さんの『孤独論』です。
生きていくのは楽じゃないけど、少しでもおもしろくやっていくにはどうしたらいいのか。その処方箋の一つとして、孤独になることの必要性を伝える内容です。
奴隷になるな、孤独から活路を見出せ、生き抜くための言葉は武器である。
「奴隷」とは、有形無形の外圧によって思考停止に立たされた人のこと。身につまされるところもあれば、心強く思えるところもある、不思議な魅力のある文章でした。
田中慎弥めっちゃ強い
田中さんは、高校卒業後、職につかず、15年ほど実家で過ごしていたそうです。
父親は早くに他界し、決して裕福だったわけではないけれど、切羽詰まる理由はなく、働くという発想はなかったと言います。
当然「親のすねを囓るばかりではなくて、働くべき」との考えは承知しています。親戚の叔父さんなどからも「おまえ、そろそろなんとかしろよ、お母さんが苦労しているんだから」というようなことを言われたそうです。
引きこもりやニートの立場にあるときには、心苦しいシチュエーションですよね。今でこそ私は「それもありだよね」という考えですが、かつての私が彼の立場だったら「何とかしなきゃ」とめちゃめちゃ焦ると思います。きっと「私はダメな人間だ」と自分を責めただろうし、肩身が狭くて「生まれて、すみません」と連呼したりもしていそうです。
しかし、彼は違う。
親戚に「おまえ、そろそろなんとかしろよ、お母さんが苦労しているんだから」と言われたときの田中さんの反応はこうです。
「それはそうだけど、そう言っているこの叔父さんは、川端康成じゃないしな」などと思っていた。「川端の小説はおもしろいけど、教師や親戚が言うことは、響くものじゃない」と聞き流していました。
?????!
いや、そりゃそうだけども! 唐突な川端康成にびっくり。
うん、川端康成が好きって言ってたもんね、確かに尊敬する人の言葉って響くよね、そういう人の一言によって行動を起こせることも多いよね、うん、すごいわかる。言われてみれば私も似たようなことよく思ってた気がする。
でも、それで家族や親戚の「ちゃんとしろよ」をいなせるってすごいな、田中慎弥めっちゃ強い。
と、私は感心したわけです。
田中さんと言えば、芥川賞の受賞会見で、「都知事閣下と東京都民各位のために、もらっといてやる」と石原慎太郎さんを挑発したことが強烈な印象を残していましたが、先の発想に触れ「なるほど」と妙に納得しました。
本書を読んでみると、卑屈で嫌味でひねくれた雰囲気はまったくなく、淡々と静かに語られる文章には好感を持てます。言葉を敬い大切にしている感じがとても素敵です。
にもかかわらず、やっぱり「なんだコイツ」感は消せないんだなと思わず笑ってしまいました。
パソコンや携帯を持たないこと、「友だち関係も途絶えていたので、自分と他人を較べて焦るようなこともなかった」とさらっと言って、まったく動じないところも「つおい…」と感嘆の声が漏れてしまいます。
そんなこんなで、「それはそうだけど、そう言っているこの叔父さんは、川端康成じゃないしな」というのがどうしても面白くて、その後何度もこの味わいを思い出しては、いつか私も使ってみようと企むのでした。
あなたも、自分が敬愛するアーティストなどを当てはめて、一緒にこのセリフを使ってみませんか。
「なんだコイツ」と言われても動じない強さを育てる訓練になるかもしれません。
<本日の一冊>
田中慎弥 (2017)『孤独論 逃げよ、生きよ』徳間書店
自罰に意味はないとわかりながらやめることができない、
今の自分の状況・気持ちにドンピシャな記事でした。
田中さん、強すぎる(笑)
自分もこんな強さがあったらなあ・・・