うつ病療養中の共感『ラジ&ピース』読書感想

今日は、絲山秋子さんの小説『ラジ&ピース』について書きます。少し長めの感想文です。

この本をはじめて読んだのは、療養を始めて少し経った頃。芥陽子さんの美しい装幀に惹かれて手に取りました。ぐるぐるぐるぐる、私の頭の中みたいだなって。すごくキレイだけれど、眺めているとそわそわ落ち着かない不安感が湧いてきて、でも、『ラジ&ピース』 の世界を見事に体現していて。この装幀は大のお気に入りです。

もちろん内容も。私にとって『ラジ&ピース』は特別な一冊です。

本を読んでもまったく内容が頭に入ってこない。そんな時期に、投げ出すことなく最後まで読めた本。この物語から感じる静けさや主人公の冷淡さは、ビリビリした全身と沈みがちな感情にマッチしていたようです。最後にはほのかな希望も見い出せて、絶望しかなかった自分がほんの少しホッとしたことを覚えています。

定期的に読み返しては、自分の回復具合を実感し、しんどかった頃の自分に立ち返ることができる。絲山ワールドにハマるきっかけにもなったこの本は、好きという言葉だけでは語りきれないですねぇ。

ラジオを糧にがんばるうつ病リスナーの声

主人公は、群馬のFM局に務めるラジオパーソナリティ・相馬野枝。

冒頭から野枝のコンプレックスが炸裂しています。たった数行で、私は野枝に同調。

その後も彼女の劣等感をひしひしと感じながら、物語を読み進めていくことになるのですが、まずは、このブログで絶対に紹介したいと思っていた部分を引用します。

野枝がパーソナリティを務めるラジオ番組「ラジ&ピース」に寄せられたメッセージです。

「はじめまして相馬さん。
(このメールは番組で読まないでください)
 私はうつ病の診断を受けて会社を休んでいます。家にいていつも何もやる気が起こらなくて、ぼーっとしています。
(中略)
 ラジオ以外の時間って、私はいつ復職できるのかとか、本当にこの病気は治るのかとか、みんなからさぼってるって思われてるんじゃないかとか、毎日同じことばかり考えてるんです。そして罪悪感でいっぱいになります。
 あと、一人で毎日食事を作るのは本当につらいです。入院したら楽なんだろうけど、入院っていうのはかなり勇気がいりますよね。どう思いますか。
『ラジ&ピース』の二時間というのは早いようで、一生懸命聞いているとそれなりに体力を使います。やっぱり病気なのかなと思います。
『それでは、また明日』
 と、相馬さんが言うと、私はラジオを切って布団に潜り込みます。そのまま三十分から一時間、脱力します。まだ三時なのに早く一日が終わればいいって感じです。ラジオを聞いている以外の時間はつらいだけだから、早く眠剤を飲んで早く明日になってそしたら少しはやる気が出て、『ラジ&ピース』を聞くためにがんばれると思う。
 がんばりたいんです、本当は。
 でもがんばれない。

(pp.67-69)

「うわーうわー、これまんま私だなぁ」とかなり強く印象に残ったところです。最初にこの本を読んだときの状態がまさにこのメールの人と同じ。共感どころか、もはや一体化。

そして、私はこのうつ病リスナーさんのメールを読みながら予想しました。野枝はきっとこの人のことを「さぼってる」と思うんだろうなと。でも、そういう反応はなくて、むしろメール主の感謝の声に一瞬ほろりときたらしい。おや、うつ病に対する不快感は持っていないのかな?

ここで私は書き手の存在を強く感じるのです。絲山さんはちゃんとわかってくれるんだ、と。

読んでいる間はあまり感じませんでしたが、うつ病という病気が当たり前のように溶け込んでいる作品を私はあまり知らなくて、それが珍しいことのように感じました。作中で登場するうつ病は嫌悪の対象、あるいは「大変だ! どうしよう!」的な文脈で語られる印象があったからです。

やっぱり絲山さん自身も双極性障害を患ったからこそ、こういう心境をリアルに感じ取ることができるのかな。もしかして、絲山さんも私と共通する気持ちを知っているのかな。なんか嬉しいな。

……なんてちょっと喜んだりして。

実際は、自分がうつ病に対して過敏になっていたことが一番で、このようなメッセージが込められているわけではないと思うのですが、はじめてこの本を読んだ私は勝手にそう解釈して救われるような気がするのでした。

喧騒の中にあって静寂な主人公の心

絲山さんの小説を読んでいると、心静かになります。「しーん」という音が聞こえてきそうな静けさ。そこに主人公の心の声がぽつりぽつり、あるいはボソボソと現れてくる感じ。それが私はたまらなく心地好い。

その雰囲気は、孤独や虚無と言い換えることができるのかもしれないけれど、そこに悲愴感はありません。『ラジ&ピース』の野枝もそう。心乱されることなく現実を見つめている感じがクールでいいなーと思います。不機嫌さや投げやりな感じも込みで。

絲山作品の魅力は「静」だけではありません。音楽の流れや車の動きに心躍るシーンがあって、そこがすごく好き。「静」が「動」を引き立てていると言ったらいいでしょうか。不貞腐れている野枝が音楽や走りで熱くなる姿は、意外な一面を知ったような気がして何だか嬉しくなります。

『ラジ&ピース』は特に音を感じられる作品で、華やかな外界と静かな心の内を行き来しているような気分になります。

からっぽだった心に少しずつ少しずつ温もりが注がれる

何度読んでも、私は野枝のヴィジュアルが定まらなくて、それもまた面白いところです。DJとしてマイクに向かう野枝は坂上みきさん、スタジオブースから出てスイッチOFFになった野枝は、ナンシー関を演じた安藤なつさん。これが私の中で生成されるイメージです。ふり幅すごいですよね。

野枝は、現実の自分をそれぐらい捻じ曲げて見ているように感じられるんですよね。もう別人じゃんって次元。そういうひねくれてる人が私は好きみたいです。自分がどうしようもなくひねくれてるからでしょうかね。でも、自分で自分のことをひねくれてるとか言っちゃう人は多分素直ですよね。野枝はきっとそんなこと言わない。

さっき野枝のことクールでいいなーと言いましたが、劣等感を抱えたまま、仏頂面で生きる野枝は全然カッコ良くない。多分、友達にもなれない。だけど、嫌いになれない。だって自分みたいなんだもん。傷つくのを怖がって自分を守っているところとか特に。

傷ついた経験もたくさんあって、それゆえに色々こじらせていて、恋人の好意をまっすぐ受け取れなくて、何にも興味がないフリ。

そんな野枝の凍った心が少しずつ溶けていく。

強くもあり、弱くもある人の心。それを全部ひっくるめて「OK」と言ってくれるような素敵なストーリーです。

ちなみに、野枝のセリフで一番好きなのがコレ。

「世の中には、狂人と変態以外いません」(p.78)

やっぱり絲山秋子さんの小説好きだなぁと思います。

 

<本日の一冊>
絲山秋子 (2008) 『ラジ&ピ-ス』 講談社

併録の「うつくすま ふぐすま」は痛快で爽快。「ラジ&ピース」からの流れで読むと、ぐるぐる思考の勢いが弱まってさっぱりします。

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紙一重

読書法について

ナミさま,おひさしぶり!塾講師は月の第5週が休みなので,昨日書いてみたものを今朝お送りします。

わたしは病気が重いとき,よくなりたいばっかりに,本や電子書籍を買いまくり,積ん読になったり多大な出費をしたりしたことがあります。病気の改善のために,わたしは読書を以下のようにしています。

1 体力がないときにはオーディオブックを利用する。

配信のオーディオブックをダウンロードして,デジタルオーディオ・プレーヤーに入れて聞きます。聞く方が若干,ラクみたいです。
それでもナミさまのブログにもあるように,長い時間は聞くのはたいへんなので,ウォーキングをするときに聞くことが多いです。わたしは,よくなろう,と決心したときからできるかぎり「ながら行動」を避けてきましたが,ウォーキングのときにオーディオブックを聞くことはあまりストレスにならないみたいです。ウォーキング自体が身体によいせいでしょうか。

2 少し体力があるときには,地域の公立図書館を利用する。

電子書籍を読むより紙の書籍のほうがストレスが少ないみたいです。
さいわい,最近は公立図書館も,自宅からネットを使って近所にない図書館の書籍名を検索したり,その書籍についての詳細情報を見たり,適当な書籍が見つかったらその書籍を自分の近所の図書館に送ってもらいそこで受け取ったりすることができます。ネット利用なので動き回らずラクです。

3 図書からメモをとりたいときに電子書籍を利用する。

電子書籍だけで読もうとするのは長い間コンピュータに向かっていなければならないので,夜中興奮してしまって眠りが浅くなりがちで,この病気にはたいへん危険!
しかし,なにか書き留めておきたいことはあり,そのことばをWordやExcelのファイルに入力したりPDFで保存したりしようとすれば,また非常に病気を悪化させます!
そこでこれはと思う書籍だけを電子版で購入し,紙の書籍をもう一度読んで,マーカーを引きます。

このような方法を使って体力が回復するにつれて,積ん読の書籍も消化されてきました。もちろん,電子書籍やオーディオブックも衝動買いに十分注意をしながらポイントやセールを利用しています。

しかし,大切なことは,
A 体力
B 資金
C 自分にとって必要かどうか
をよく観察し判断すること,これらはわたしのような病人にとってどんな行動にもあてはまるみたいです。

ナミさま,どうぞお元気で。

ナミさまは幸せであれ!

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