「この人が幸せでありますように」願うと心がいい感じ

町を歩く。人とすれ違う。そのときあなたは何を思いますか?

私は多分何も思いません。せいぜい、服装がどうとか、ながらスマホ危ないとかそんなところ。
 

アイオワ州立大学の研究チームが明らかにしたこんな研究結果があるそうです(ちょっと古いですが)。

他人の幸福を願うだけで不安が減少して精神状態がよくなると判明 – GIGAZINE

人の幸せを願うと、不安が和らぎ、心穏やかになれる。

人生訓的な教えとして見聞きすることのある話ですが、データとして示されると説得力も増します。

実験の中で指示されたのは、すれ違った人について「この人が幸せでありますように (I wish for this person to be happy.) 」と心の中で思うこと。

実験の結果、幸せを願うよう指示されたグループは、不安が減少し、共感性・人とのつながり・思いやりの気持ちが増加したのだとか。

こんな簡単なことで!?と思ってしまうけれど、人の幸せを願うことで優しくなれた経験は、たしかにある。人の幸せは願うに限りますね。
 

他にも注目したいポイントが2つあります。

ひとつは、相手との関連性を考えたときにも、つながりや思いやりの気持ちが増加したということ。

もうひとつは、相手を自分より下に見ると、感情の改善度が低いということ。

確かに「あの人よりはまし」と考えるのは、気持ちよくない。しんどいときに何とか心を保つ術としてはアリだと思いますが、あとからやってくる自己嫌悪にじわじわやられる感じがあります。

やっぱり、できることなら幸せを願ったほうがいいのでしょう。

 

目の前にいる人のことを考える。目の前にいる人の人生を想像する。

自分とはまったく違う人生。自分の常識が通用しない人生を生きているかもしれない。

「この人が幸せでありますように」

大嫌いな相手の幸せを願う必要はないと思うけど、特に恨みも何もない相手なら、その人の幸せを願おう。

それが自分の幸せにつながるなら、それはとてもいいことですよね。

自分に余裕がなければできないことだけれど、自分が他人の幸せを願う瞬間を持つことで、自分以外にも他人の幸せを願う人間がいるはずだと信じられるかもしれない。

それは希望となって力を授けてくれるかもしれない。

ならなかったとしても、まあ別にそれはそれで問題はない。

物語の力を借りながら、相互理解を深めつつ、自身のメンタルがいい感じになったらいいよね、てなことを思いました。

 

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