みんな文章うまいな~

ブログを書いててよかったと思うことがあります。それは、「エッセイを書く人みんなすごい」と素直に思えること。文章作成の難しさを痛感しているからこそ、まとまった文章を書く人のことを心から尊敬できる。

特にプロの文章は、当たり前のように素晴らしい。芸術性さえ感じる。そういうレベルの文章を毎日書き続けている人とかもうとんでもない。一体どうなってんだ。

今やChatGPTをはじめとする生成AIが流暢な文章を書いてくれる時代になったわけですけれども、名うての物書きには到底かなわないと思います。職人技みたいな文章に出合うと、ほんとにもう、ただただ感嘆のため息です。

いや、でも、越えてくるのかなぁ、ChatGPTさんとか本当にすごいから。GPT-4は桁違いにすごいらしいし。

となると、今度は私のような拙い文章を書く人間が重宝される時代がくるのかもしれない!? 

習慣的に文章を書いていると自分の癖がわかるようになります。「あ、またこの言い回し使っちゃったな」と思うことが多々ある。このブログでもそうです。もはや手癖になっていて「使わないようにしよう」と決意したそばから使ってしまう。そういう部分が文章の個性になりうるとも思うのですけれどもね。で、こういう細かな癖や絶妙な下手さを表現するのはAIには難しいのではと思うのですがどうでしょう。別にそんなことないのかなぁ、むしろ得意なのか? パターンを把握すればいいわけですものね。賢い生成AIなら下手な文章を生成するなんて造作もないことなのかもしれない。

まあ文章生成はともかく、何を書くかという視点や材料は人間が探してこないといけないわけなので、生成AIに仕事を奪われるということはないんだろうなと思いますけれどもね。

というか、機械や人工知能はもっと仕事を奪ってくださいという気持ちもありますけどね。私は日々疑問です。世の中はどんどん便利になっていくのに、どうしてみんなそんなに忙しそうで大変そうなの? ぼぉ~~~っとしてる人いなくないですか? ぼさーっとしてる人は視界に入らない場所にいるってことなのでしょうか。いや、私がぼさーっとしてるから気づかないってことなのか。うん、そうなのかもしれない。じゃあ別にいいか。いや、よくないのか?

で、何の話だっけ。そう、プロの文章はすごいという話。

プロじゃなくても文章がうまい人はたくさんいて、そういう人たちの文章が読める昨今の環境、本当に素晴らしいと思います。

コンテンツ天国、万歳。

 

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