敬称つけるかつけないか問題

著名人に敬称をつけるかいつも迷います。

このブログでは、基本的には敬称をつけることにしています(NHKニュースのイメージです)が、「さん」をつけると違和感のある人もいるんですよね。

だからといってその人だけ呼び捨てにすると、他の人の名前を並べたときに一貫性がなくなる。一体どうしたものか……。

そんな悩みについて、今日はつらつら書いていきます。

 
 

昔読んだ新聞か何かのコラムに同じような話がありました。

三島由紀夫にはさん付けしないのに、同じ時代を生きた誰それにはさん付けしている、その差はなんだろうという内容です。

確か「司馬遼太郎さん」だったかなぁ? 「『三島由紀夫さん』と書くのは何か違う、『太宰治さん』と書いたときの違和感と似てるよね」みたいなことが書いてあった記憶。内容は曖昧ながらも「なるほど確かに、めっちゃわかる」と深く頷いたことが印象に残っています。

顔をよく知っていて、自分と同じ時代を生きた感覚が強いと、さん付けしたくなるのでしょうか。ちょっと前に亡くなったばかりの人とか。

反対に、同時代の人でも、自分が物心つく前に亡くなっていたら「昔の人」という認識になるのでしょうか。三島由紀夫は、死に様が強烈でスキャンダラスな歴史を刻んだ感があるから、さん付けすると違和感がある、みたいな? どうなのでしょう?

参考:
三島由紀夫 1925年~1970年
司馬遼太郎 1923年~1996年
太宰治   1909年~1948年

 

作家つながりでいくと、私がよく悩むのは「村上春樹」です。

呼び捨てにするのは抵抗があるけれど、さん付けするものためらわれます。ちょっと馴れ馴れしいように思えて。

タイトルに「村上さん」と入っているものもあるし、普通に村上春樹さんと呼んでいいような気もするんだけれど、そうするとちょっと距離が近いと言いますか……。

作家の名前はブランド名と考えれば、敬称をつける方がおかしいような気もします。高級ブランドをシャネルさんエルメスさんディオールさんとは呼ばないように(最近は企業名のさん付けをよく聞きますが)。芸能人の名前にしてもそうです。

そう考えると、「○○さん」と呼ぶのって実は失礼なんじゃないかとも思えてきて、もうどうしたらいいのかわからない。

 
ついでにもう一つ。私が長年迷い続けているのが「椎名林檎」です。一ファンとしての最適な呼び方は何なのか。

呼び捨てに抵抗を覚えながらも、基本的には「椎名林檎」と呼ぶことが多いです。が、椎名林檎について語るときには椎名林檎を連呼することになるので、もうちょっと軽く呼びたいなと思うときがあります。

じゃあ何と呼ぶ? 「林檎女史」は私が言うと慇懃無礼な気がするし、だからといって「林檎ちゃん」じゃ距離が近すぎる、友達じゃないんだから。となると「林檎様」? でも崇め奉りたいわけではない(そういう気持ちになることはあるけれど)。「林檎さん」はどうだろう? 距離が近いような遠いような。先輩みたい? 若干の他人感は出てくる。ファンではない立ち位置というか。「椎名林檎さん」にしてもそう。ちょっとよそよそしい。

と言いながら自分は「椎名さん」と呼んできました。周りにそう呼ぶ人がいたのでつられて。しかし、それじゃご近所さんの名前を呼ぶのと一緒じゃないか。あるいは業界人ぶっているようにも捉えられる? ああ、椎名林檎への思いを的確に表現できる敬称がない。一体私はどうしたらいいんだぁぁぁ!!!

 
とまあここまでうめくことはないにしても、敬称問題は毎度悩むのです。

最近ブログに書いた人だと、「岡本太郎」「池波正太郎」「阿刀田高」。

「岡本太郎」は私の中で完全にブランド化されているので、敬称なしがいいと思ったのですが、普通に喋ってる姿をテレビで見たことがあるし、さん付けでもアリなのか?と迷います。岡本太郎さん。岡本太郎さん……? 

ヘミングウェイさん、アインシュタインさん、サルトルさんとか言っちゃうような違和感と言ったらいいでしょうか。いやまあ外国人名と日本人名じゃニュアンスが違うのも当然なんですけれど。あと時代が微妙にズレていますかね。

織田信長さん、豊臣秀吉さん、徳川家康さんなら完全に違うってわかるんですけどねぇ。

やっぱり面識の有無がポイントになってくるんでしょうか。となると、一般人の私は呼び捨てがベターなの? 論文もそうだし? 

インターネットの普及により著名人との距離がグッと近くなったことも迷いの要因の一つになっている気がします(直接やり取りするわけではないが、自分の言葉が本人に届いてるっぽい状況で敬称をつける?つけない?など)。

 

そんなこんなで悩みつつも、最近は「芸能人の名前は商標名・ブランド名」の考え方でいこうかなと思って敬称なしが増えつつあります。

けど、さん付けしたいときもあるから、つけたりつけなかったり……。

表記ゆれにしてもそうなんですが、悩みすぎて「ああぁぁぁ~」となることが多いので、あまり気にしないようにしようとは思っています。

「そのときの気分を重視しました」というのも一つの答え、ですよね。

 

【おまけ】
ここまで書き終わったところでちょろっと調べたら、敬称をつけるかつけないかは「没後30年をめどとする」と『記者ハンドブック 新聞用字用語集』に書いてあるそうです。

芸能人「さん」付け報道にはルールがあった? 敬称付ける・付けないのめどは「没後30年」|まいどなニュース

私がうだうだ言ってた内容、ここに書いてあるじゃん……って感じですね。

「亡くなってから30年以上経った人は敬称なし」というルールを適用すると、今回挙げた人で敬称をつけるのは、司馬遼太郎さん・岡本太郎さんということになりますね。池波正太郎(さん)はギリ?

太宰治   1909年 – 1948年
アインシュタイン 1879年 – 1955年
ヘミングウェイ  1899年 – 1961年
三島由紀夫 1925年 – 1970年
サルトル  1905年 – 1980年
池波正太郎 1923年 – 1990年
司馬遼太郎 1923年 – 1996年
岡本太郎  1911年 – 1996年

存命の人は敬称をつけて、村上春樹さん・椎名林檎さん・阿刀田高さんですね。

なるほど「没後30年」という数字は一つの目安として参考になりそうです。

しかしながら私は記者ではありません。より悩みの深い「存命の著名人を一般人がどう呼称するか」という問題はわからないままです。

……これからも悩みながら迷いながら生きていこうと思います。

 

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