年寄りの病気自慢に共感し、隠れて生きる人々に思いを馳せる

ここのところずっと調子が悪くて、あーあーあーあー言ってばかりです。

日記を眺めてみても、ダメだとか無理だとか痛いとかそんなことばかり書いています。本当にどうしようもなくダメなときには記録さえありません。

慢性的なメンタル不調や痛み(頭痛胃痛腰痛等)にはもう慣れたので、それなりにいなすこともできるようになってきたのですが、直近は未経験の痛みをいくつか経験し、それがまぁまぁキツくて、ぐんにゃりしていました。

「もっと大変な病気や障害を持っている人はいるんだし、これくらいの痛みなぞ大したことはない」と根性論で乗り切ろうと試みるも、そんなことは言っていられないほどの痛みに見舞われることが多く、なんというかもう嫌になってしまったのでありました。

加齢によるものなのでしょうか。年を取るとガタがくると噂には聞いていましたけれど、こんなに早く?! こんなに強く??! という戸惑いがあります。

本当に痛すぎて、そのときは安楽死のことばかり考えました。朦朧としながら。この痛みが死ぬまで続くのだとしたら、マジで生きるの無理!!! と。薬を飲んで治まっていったからよかったですけどね……。

で、痛みが治まったときには「痛くないって素晴らしい!!!」と連呼して舞い踊るも、時間が経てば痛かったときのつらさも忘れてしまうという。

そして、また別の不調があらわれるのであった。みたいな。

なんなんだ。ほんとにもう嫌がらせかと思っちゃうほどに、いつもどこかしらがダメ。

今まではメンタルが主だったですけど、30歳過ぎた頃から身体の不調が目立つようになってきている気がします。

高齢者のみなさんが病気自慢し合っている様子を見て、「他に話すことないのかよ」と思っていた私は何もわかっていませんでした。痛みやしんどさは一番に口をついて出るものなのです。痛いときには「痛い」としか言えないし思わない。あれはもう仕方ない。まるでそれが勲章かのように「ここが痛い、あそこが悪い」と言うのはね、今でも何なんだと思わないではないけれど、気持ちはわかる。わかります。

同年代の人たちが私と同じような状況に置かれているようにはどうしても見えない(元気で楽しそうに見える)ので、つい「なんで私はこんな……」とぼやいてしまうのですが、みんながみんなそうではないし、外野からは見えないつらさもあるでしょう。そもそも、病気や困難を抱えている人は隠れていて見えない。家あるいは病院、施設にいるなど。

隣の芝は青いとはよく言ったものです。光の当たる場所は目につきやすく、余計に素敵に見えるのです、きっと。

 
仕方がないので、Deerhoofの「Nurse Me」という曲を口ずさんでいます。

ほすぴたーるほすぴたーる
ほすぴたーるほすぴたる

歌ってごまかす、それができる元気があれば、大丈夫。

大丈夫です。

全然大丈夫(という昔観た映画、ゆるくて面白かった記憶)。

 

【体を痛めた話】
人生は、痛くない体勢をさぐる旅(腰が痛い)
このときの腰痛は滑稽さがあり、わかりやすかったので嫌じゃなかったです。いや、痛いのはしんどいんですけど、笑う余裕があるので生きられるぞと。軽症ですんでよかったです……。

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