便所のタンクの上に咲く専門の花のように

「置かれた場所で咲きなさい」

そう言われたら、あなたはどんな気持ちになりますか?

私は微妙な気持ちになります。

言いたいことはわかるけど、「置かれた場所で咲きなさい」って、受け取る人の境遇によっては残酷に響く言葉ですよね。どんなに頑張ったって咲けない環境もあるのに。

だからこの類の言葉は、「私はこんなふうに生きてきました」「置かれた場所で咲きました」という一人の体験談として受け取っておこう、そうすれば学ぶところがある、受け取りやすくなるよね、と処理することにしているのですが、それでもやっぱり命令されるとちょっとした反発心が燻ることもあります。

そんなとき必ず思い出すのがこれ。

「便所のタンクの上に咲く専門の花」です。

素晴らしい歌ですね。

「置かれた場所で咲きなさい」という“名言”へのアンサーソングというか、カウンターパンチというか。「便所のタンクの上に咲く専門の花がどんな花よりも美しい」と言いきっちゃってますからね。「だって便所のタンクの上だけで 便所の水かぶって頑張ってるんだもん」て。

いやしかし、動画の中盤で出てくるトイレのタンクと壁の汚さ、黒ずみ具合がリアルですよね。きったねぇ~。

で、これに気づくロバート秋山?の感性。いつも感心しますけど、ほんとに着眼点がすごい。「トイレ」ではなく「便所」、そして「専門の花」となっているところがポイントですよね。「便所のタンクの上に咲く花」ではないんです。「専門」つまり便所のタンクの上で咲くことを運命づけられた存在。そのためだけに生み出された花。それは悲しいことなのか、はたまた幸せなことなのか。

果たして、私もあんなふうに美しく花を咲かせることができるでしょうか、便所のタンクの上に置かれたとしたら……。

 

もはや「置かれた場所で咲きなさい」イコール「便所のタンクの上に咲く専門の花」ですよね。

「野に咲く花のように」も要するに「便所のタンクの上に咲く専門の花」。けなげな心に気づかされる歌です。
 

枯れることもなく
逆に伸びることもなく

Plasticの頑丈な体で
(永久に~)※聞こえるか聞こえないかぐらいのめっちゃ小さい声で

コーラスで笑っちゃうからごまかされちゃうんですけど、ここちょっと怖い。
 

この歌は、けなげな心を勝手に見出す人間とはいかなるものか問うているのかもしれません。劣悪な環境で文句も言わずに頑張っている存在が美しいと思う、そんな心性は時に残酷で、それを茶化してるのが痛快なのでしょう。『絶やしちゃいけない素敵なオアシス what you gonna do』がカギカッコでセリフになっているのもそういうことだと思います。違いますかね? 違いますね。はい、違います。思いつくまま書いてて今ちょっと恥ずかしくなりました。

さようなら。

 

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