あなたの人生を変えた音楽はありますか?
不安なとき背中を押してくれた音楽、傷ついた心を癒やしてくれた音楽、いつも傍らで流れていた音楽……。
『学校では教えてくれない人生を変える音楽』という本を読みながら、自分の人生を変えた音楽は何か、ぼんやりと思いを巡らしました。
小説家、学者、漫画家、音楽家、アイドル、芸人など、各界の26名が人生で出会ったスペシャルな音楽を、自身のエピソードとともに紹介している本書。
ティーン向けの本ということで、一応「中学生におすすめするならコレ」という形になっていますが、自分の好きな音楽について語る内容が多めです。『人生を変える音楽』というよりは「私の人生を変えた音楽」という感じ。
それぞれの人生のワンシーンが目に浮かぶようで、微笑ましかったり、切実さが伝わってきたり、オムニバス映画を観たときのような読後感でした。
出逢うべくして出逢う音楽
『学校では教えてくれない人生を変える音楽』ねぇ、ふ~ん。と、あまり期待せず読み始めたのですが(失礼)、印象的だったパートがいくつかありました。
そのうちの一つが、ピアニストの清塚信也さんの言葉(のだめカンタービレの吹き替え演奏をした人です。ピアノ界のプリンスと呼ばれているとかいないとか)。
清塚さんは芸術作品を誰かにすすめるのは好きじゃないと書いています。理由は、作品とどう出逢うかも重要な演出の一つだから。芸術鑑賞は、作品と出逢うところから始まっているのだと。例えば「失恋した時に聴こえてきた曲、ただふらっと暇だから入ってみた映画館でたまたま観た映画」など。
なるほど確かにと納得です。
「出逢うべくして出逢った」と思えるあの一瞬の感動は、どうにも語る事の出来ない凄い力があると思う。(p.138)
うむ、確かに。これはすごいわかる。人に話してみると何てことない話になっちゃうんだけど、自分の中ではいまだに忘れられない衝撃。感動が伝わらないのが悔しくて、最近は自分の胸に大事にしまっておくようになっちゃいましたけどね。それぐらい大切で、インパクト大の出来事です。
清塚さんは、そういう出逢いは人生にそう何回もないんだから、安易に作品をすすめると人から貴重な出逢いを奪っちゃうかもしれないよ、そのあたりよく考えてくれよな! と書いています(もちろん語尾はこんなじゃないです)。
でも、誰かに何気なくすすめられた曲が何年か後に効いてくることもあるじゃないですか、最初の出会いが伏線だったかのように。
だから、作品を軽い気持ちでおすすめするのも悪いことではないと思います。「クラスメイトに教えてもらった」「尊敬する人がおすすめしていた」「ネットでたまたま見た」というのも、出逢い方の演出としてアリだよねと。あるいは「大嫌いなアイツが好きだった曲、どうしても好きって認められなかったけど、やっぱり大好きだと認めざるを得ない」みたいな心情とか。
んーでもまーやっぱり、清塚さんが言うように「骨身がシビれるような出逢い」ってのは、おすすめ情報だけでは成り立たなさそうではありますね。「恋愛と一緒」というのもわかる気がします。
飢えや渇きを癒やす本物の音楽
……と、それっぽい答えが出た(?)ところで、次の語り手は角田光代さん。ここにズバリな答えがありました。
この角田さんのメッセージがすごくいいのです。音楽は個人的なもので、あるときガシッととらえられる。自身の飢えや渇きを癒やす音楽は、出合った瞬間にわかるのだと。
自分にとって、必要なものがなんなのか、何に飢えて何に渇いているのかわからなくても、問題ない。出合えばきちんと、しびれるから。そこは制御不能なのだ。(p.149)
これが答えだ。他人の干渉なんか受けない。人気ランキングだとか誰かのおすすめ情報なんか関係ない、全部ぶっ飛ばしてしまうほどのインパクトなのだ。
角田さんの文章を読みながら私はずっと「わかる、わかる、わかる、うん…すごいわかる、そう、それ、それな……」と心の中でつぶやいていました。ほんと、ほんとにすごいわかるからぁ~~~!!
あのとき私が切実に聴いていた音楽は、私にとっての本物だった。聴く人が本物だと思えば、それは本物で、しかも、ずーっと本物であり続ける。あなたや私が、三十代になっても、五十代になっても、かつてしびれた音楽は、いつまでも本物だ。そうでないものは、何年も経つと、好きだったころがちょっと恥ずかしくなったりする。若かったな、自分、と苦笑してしまったりする。でも、本物は違う。ずーっと色あせない。(pp.149-150)
はぁ~~~、わかるぅぅ~~~。ちょっと恥ずかしくなっちゃってる音楽あるぅ~。んで、色あせない音楽はどれだけ時間が経っても変わらず最高~。
というわけで、「あなたの本物」を見つけてねというメッセージ。よい。素敵です。
その他、印象に残ったところ
この他に印象的だったのは、理系学者と音楽家の先生方のパート(Ⅲ)。メロディがどのように構成されているのか、なぜこの音楽が美しいのかといったことが明快に示されていて、「なるほど!」と「聴きたい!」が同時発生。軽く興奮します。こういうのすごく好きだなーと再確認。
高嶋ちさ子さんの力強い言葉も印象に残りました。子供たちのゲーム機を約束通りぶっ壊すメンタリティが垣間見えたような。自分の中に「正解」を持っている人なんだなと思いました。
みうらじゅんさんは、音楽との出会い方をレクチャーしていました。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるってやつですね。超具体的で実践的な内容です。例として挙げている楽曲も納得。
そして、思わず深く頷いたのが浦沢直樹さんの言葉。身銭を切ってCDを買い、「せっかく買ったのに思ったのと違う」と悔しがることの大切さを説いています。元をとるために必死に聴いて好きになる努力をする、自分からストライクゾーンを広げていく、悪球さえも全力で取りに行きストライクにしてしまう、そういう貪欲さを持てたら世界は広がりそうです。
……と改めて本をパラパラめくってみると、かなり贅沢な一冊だったですね。
全体通して「出会い」という言葉がよく出てくるのですが、人それぞれ表記が違うのも興味深かったです。清塚さんの「出逢い」はロマンティックな印象を持っているのかなーと感じたし、角田さんの「出合い」は人ではない何やらグレートなものを想起させました。
中学校の卒業文集で、散々迷ったあげくに「出合い」と書いた私としては、同じ表記を見つけられて、自分の感覚は間違っていなかったのかなと安心したところもあります。
この本を読んで音楽を見つけるというよりは、「こんなことがあったんだよ~」「へぇ~、そうなんだ~」とお話を聞く会に参加するような感じですかね。
いろいろと、細々した発見のある一冊でした。