『本が読めない33歳が国語の教科書を読む』を読む

『本が読めない33歳が国語の教科書を読む』を読みました。みくのしん読書シリーズ、書籍版の第二弾です。

第一弾の感想はこちら

いつもと同じく、Webライター・みくのしんさんが小説や随筆を読み、同じくWebライターのかまどさんがそれを見守るスタイルです。

やっぱり楽しい。期待を裏切らない面白さです。

読み始めてまず感じたのは「みくのしんさん、だいぶ慣れてきてる!」。でも、よさが損なわれることはありません。着眼点や場面の切り取り方が秀逸。彼の個人的なエピソード、生きた言葉もまた説得力を高めます。そう、みくのしんさん自身の腹の底から出た言葉たち、身近なものや日常の何気ない出来事に引き寄せて描かれる風景……「本当にすごいや~」と感嘆の声が出てしまうのですよね。

そして何より、彼の温かい眼差し、これが大きいよなぁと。

人生が捨てたものじゃないように思えてくるから不思議です。

みくのしんさんが楽しそうに語っている中でも、さまざまな過去があったことが伺えます。それを乗り越えてきたことも示唆され、だから、言葉は平易でコミカルでも、それが指し示すものは、間違いなく深くて濃い。

そういう言葉や思いを受け取って、「生きていくしかないんだな」という思いを新たにするのでした。

 

そんな流れで読んだトリの作品が『枕草子』。

まーこれがラストにふさわしい内容で。学校で暗記させられたあの有名な冒頭部分。「春はあけぼの」から「冬はつとめて」のあれ。「灰がちになりてわろし」で終わるあれ。

めちゃくちゃ笑いました。そして感動しました。「感動」という言葉の意味を教わった感じです。こういうふうに使うんだなって。みくのしんさんとかまどさん二人の会話によって、清少納言が描き出そうとしていたものをよりリアルに肌で感じられる。小学生のとき、このみくのしんさんの読み解きを聞いていたら、自分はどう感じたんだろうなぁと過去の自分の感じ方に思いを馳せました。

いやほんと、『枕草子』の凄さを今さら知った感があります。お恥ずかしい話ですが。この随筆が語り継がれていることの凄さにも納得です。

 

そして一番印象深かったのが、みくのしん読書の伴走者・かまどさんのあとがき。

本編で取り上げられた作品の一つに紐づいていたのは、かまどさんの子供時代の原体験でした。ちょっとほろ苦い思い出。私もこの感覚をよく知っている。何とも言葉にしがたいわだかまり。ああ、わかるな~。

そして、みくのしんさんとの読書により、そこに新たな光が当たる。

グッときました。ほんと、すごい、泣きそうになっちゃった。時を超えてって感じで。胸アツすぎる。

やっぱり、個人の経験や記憶に基づいた語りこそが、人の胸に響くんだろうなと痛感しました。

 

そんなこんなの最高の読書体験。思わず「感謝!」と言いたくなります。

特典つきで、それも全部よかったです。
 

 
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