「別に嫌われてもいいし」の裏にあるもの

「別に嫌われてもいいし」ってよく聞く言葉ですけど、本当にそう思っている人はどれくらいいるのでしょう。

きっと心の底からそう思っているわけじゃないですよね。だって、嫌われると、気まずくなったり不便なことが生じたりするじゃないですか。自分に不都合なのは嫌じゃないですか。

だからきっと「別に嫌われてもいい」という言葉は、特に強く口に出している場合には、そうやって自分に言い聞かせてるんですよね。

 

「別に嫌われてもいい」と言うとき、どんな気持ちが心の中にあるのでしょうか。

この言葉は、ほとんど「本当は嫌われたくない」「私のことを認めてほしい」に聞こえます。この言葉を使うことで、恐れを跳ね返す力を得るのかなぁ? 「自分は強い」「弱くなんかない」と言い聞かせて、パワーア~ップ! でもそれは同時に、自分の気持ちを押し込めることにもなりますよね。

 

まあ考えてみれば私も似たようなこと、なくはない。「嫌われてもいい」というよりは「嫌われたとしてもまあ仕方ない」ぐらいの感じですけれど。

世の中にはたくさんの人がいます。いろんな考え方・感じ方があって、そうなれば当然好みもいろいろ。すべての人に好かれることはない。残念ながら、常に自分が気持ちよくいられるわけじゃないんだよなぁ。

それに、そういう多様さが面白さでもあるんですよねぇ……渦中にいると全くそうは思えないけど。

そう、渦中にいると自分の感情が圧倒的優位になってしまうんですよねぇ……。うん、そう、だからやっぱり私は「嫌われたくない」とわりと強く思ってるな。ってことは、「別に嫌われてもいいし!」の人と同じだ、違いは言うか言わないかってだけのことかな。まーとにかく波風を立てたくないんですよね~、できるだけ穏やかでいたい。

でも、いろいろな人がいますからね。それに、時には強く主張しなくちゃいけない場面もあるわけで、強気の発言こそが必要な場面もあります。

とここまで書いて気づいたんですけど、私にとっての言い聞かせワードは「いろいろな人がいるからね」ですね! 言い聞かせワードも人それぞれだ、わはは。

 

いずれにしても、「別に嫌われてもいいし!」と言っている人の心が穏やかであるといいなぁと思ったのでした。ちょうど、いくつかの「別に嫌われてもいいし」案件に遭遇することがありましたのでね……。

その人の正しさ(間違ってなさ)を認めてあげられるといいのかなと思いましたけど、そういう言葉をかけられるような関係でもないので、遠目から見守るばかりです。

まあでも、さっきも書いたとおり「別に嫌われてもいい」という言葉には、ちゃんと意味があって、それはその人が踏ん張っている証でもあるんですよね。

「ああ、この人もがんばってるんだな」
「ちょっと強がってるけど愛おしいな」

そんな視線を向ければ、優しい気持ちになれそうです。

あと正直なことを言うと、単純に、人の言葉の裏にある本音を探るのって面白い。自分勝手に分析とかしてゴメン!

でも、事実ベースで考える訓練にはなるんですよ、認知行動療法のワーク・簡単バージョンみたいなね、だから感謝してます、ありがとうございます、陰ながら感謝とエールです。

 

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