自分を縛るものは何?すべき思考・痛みを和らげる7つの技法

レッサーパンダ

「こんな自分じゃダメだ」
「もっとうまくやらなければ」

そんなふうに自分を責めていませんか?

『いやな気分の整理学 論理療法のすすめ』という本を読んでいたら、「~すべき」「~ねばならない」系の言葉がこれでもかというほどに羅列されていました。どれもなじみのある言葉ばかりで、何だかもぞもぞしてしまいました。面白かったので、今日はそれらのネバネバ・ベキベキをご紹介します。

後半は、「すべき思考」を取り除く具体策について書きました。(受け売り)

ボリュームがあるので、パーッと見て、気になったところからどうぞ。(余裕がある人は全部読んでくれよな!とレッサーパンダ君が言っております)

自分を縛りつける思い込み

それではさっそく自分をがんじがらめにしてしまう思い込みを見ていきましょう。『いやな気分の整理学 論理療法のすすめ』の著者・岡野守也氏は、「ねばならない主義」「悲観主義」「欲求不満」に分けて説明しています。(もう一つ「非難・卑下」が挙げられていますが、ここでは省略します)

「ねばならない主義」

〔絶対に〕「~でなければならない」
「~ねばならない」
「~であるべきだ」
「~であるはずだ」
「~であってはならない」
「~でないはずだ」
「~はずがない」
「絶対~だ」
「~などありえない」

これらの言葉は、「must」「should」「mustn’t」「shouldn’t」と表現されるものです。

デビット・D・バーンズ氏は、「「せねばならぬ (must) 」と考えすぎるという意味で、マスターベーション (musturbation) と言える」なんて言っています。そうです、私はマスターベーションしまくりだったのです! haha!

悲観主義

「もうおしまいだ」
「もうダメだ」「どうせダメだ」
「世も終わりだ」
「どうにもならない」
「どうしようもない」
「何もできない」
「どうせうまくいかない」
「最低だ」「最悪だ」
「どん底だ」

今こうして書き連ねているだけでも、気が滅入ってくるような言葉です。私はしょっちゅう「私の人生は終わった」と絶望的な気分になっていました。まぁ、いまだに「私なんか人生終わってるからね、ahaha!」と自虐してしまうんですけど。やめた方がいいとはわかっているのですが、自己防衛の手段として使ってしまうのです。反省。

欲求不満

「耐えられない」
「やっていけない」
「我慢できない」
「~なんて無理だ」

「もお~っ!一生懸命やったのに!」という千秋の一発ギャグを思い出したのですけれど。いつの話? 1990年代の話。ここにも「すべき思考」が隠れていますね。「一生懸命やったのだから報われるべきだ」といったところでしょうか。ギャグを冷静に分析するのは面白くないのでやめます。

「ねばならない」3分類

「ねばならない」の多くは、3つのタイプに分けられると岡野氏は言います。いくつか挙げられている例を見てみましょう。

1.自分に対する「ねばならない」

「○○大学でなければダメ」
「オレは○○大学に入れなかったら絶対もうダメだ」

「最低でもMARCH(明治・青学・立教・中央・法政)」だとかそうじゃないとか。そういった世間的な需要に応えようとして生まれる「ねばならない」も少なくないのでしょう。

世間的なことではなく、個人的な人生の目標として「人として高みを目指すべき」みたいなものもあるでしょう。それはとても素晴らしいことです。ただ、いき過ぎるとマスターベーション(musturbation)by バーンズ先生 になってしまいますね、と。

2.他人に対する「ねばならない」

「恋人が私を裏切るということなどは絶対にあるべきではない」
「私の職場は私にとって気持ちのいい場所でなければならない」
「私は上司から公平な評価をされなければならない」

「親ならば~すべきだ」
「夫・妻なら~すべきだ」
「人の上に立つ人ならば~であるべきだ」

恋人が裏切る裏切らないの話に関連して、岡野氏は「死ぬほど切ない恋」をするのもいいのではないかと言います。うん、そうだよね、と頷いたところでこう続きます。

「現代の若者に多いようですが、「傷つきたくないから、本気にならない」というのは人間としてとてもさみしい・つまらないことだと思います。」

はい、私はとてもさみしい・つまらない人間です。この説にも「ねばならない」がほんのりと漂っているように感じます。はい、年長者のお言葉は素直に受け取るべきですよね。ついでに、「人間として」と言っていることにも注目しておきます。

3.世の中・世界・人生についての「ねばならない」

「人生は、私の望みどおりのものを与えてくれなければならない」
「すべてが思いどおりになるべきだ」
「完璧に幸福になれるはずだ」

このままの形で考えている人は少ないのではないかと思います。

おそらく、怒りや不安や焦りの源をたどっていくと、こういった思い込みを見つけることになるでしょう。

例えば、「どうして私の人生はこんなにも惨めなものなのだろう」と思うのは、幸せな人生を望んでいるからこそ。幸福を望むのは素敵なことですが、「すべて」「完璧に」には要注意ですね。

「ねばならない主義」から「だといい主義」へ

過剰な「ねばらない」がプラスに働くことは少ないと言えます。

そこで、岡野氏が提案するのが理性的で合理的な言葉。

「~であるにこしたことはない」
「どちらかというと~のほうがいい」
「なるべく~であってほしい」

英語だと「preference」にあてはまるそうです。

「できればそうであったほうがいいけど、でも絶対そうでなければならないわけじゃない」

こんなふうに自分を縛りつける思考を緩めていきたいですね。堅い枝は、負荷がかかるとボキッと折れてしまいますが、柳のしなる枝は簡単に折れません。ゆらりゆらりと風に吹かれて揺れる様は、何だか心が安らぎます。

「すべき思考」を取り除く7つの技術

気分・思考の分類によって、なぜ自分がいやな気分になってしまうのか気づくきっかけを得られたのではないかと思います。また、理性的で合理的な言葉の力で、気持ちを良い方向に持っていくことが多少なりともできたのではないでしょうか。

しかし、強固な「ねばならない」は、言葉の置き換えだけでは対処しきれない場合が多いようです。少なくとも私の「ねばならない」の矯正には相当な時間がかかりました。

そこで、その他の対処法として、デビット・D・バーンズ氏の『いやな気分よ、さようなら』で挙げられている7つの「すべき思考」除去法をご紹介します。

1.自問する

「誰がそう言ったの?」
「どこにそんなことが書いてある?」
「そのルールのメリット・デメリットは?」
「それを信じることにどんな価値がある?」
「どうして私がすべきなの?」

こう問うことで、必要以上に自己批判していることに気づけます。

2.言い換え

先の「だといい主義」で挙げた言葉を使って言い換えます。

「~であるにこしたことはない」
「どちらかというと~のほうがいい」
「なるべく~であってほしい」

バーンズ先生は、次の表現を提案しています。

「~であったらいいのに」
「こんなふうにできればいい」
「~できるに越したことはない」

その他に私が好きなのは、

「それなりに~しよう」
「~できたらいいな」
「~なら素晴らしい」

心から思えなくても、言葉を置き換えるだけで気持ちに変化があらわれるから不思議です。

3.逆説

「○○をやるべきではなかった」と後悔したとき、次の考え方 (a) によって「~すべき」が適切ではないことを自分に知らせます。

(1) やるべきではなかったのは事実だ
(a) 実は、自分がやってしまったことは、まさにやらなければならなかったことなのだ

ものごとには適当な理由があります。「すべきではなかった」と考えることはかえって有害だとバーンズ先生は言います。

「そういう習慣、パターンがあったのでは?」
「長い間そうだったのなら、むしろそれに従うべきだったと考えるのが自然なのでは?」

それなら、習慣を変える方法を学びましょう! 罰より報酬。頑張ったら頑張った分だけご褒美を与えましょう!

そんなアドバイスです。

4.カウントする

さらに具体的な方法として、腕にカウンターをつける方法が提案されています。

・「すべき思考」が頭に浮かぶたびにカウントする
・1日の合計数によって報酬を決める

「すべき」にスポットを当てるほど(カウント数が多いほど)、たくさんのご褒美がもらえる寸法です。

自分がどれだけ「ねばならない」に縛られているかはっきり気づけそうですね。

5.「すべき」がなくても大丈夫な証拠を確認

「すべき思考がないと自分をコントロールできないのでは?」という疑いを晴らす方法です。

これまでの人生をふり返って、自分に聞いてみます。

「とても幸せだったときや、適度に満たされて、生産的で、自己コントロールできていた時期はあった?」
「そのとき、すべき思考で自分をがんじがらめにしていた?」

「No」だよね? とバーンズ先生。

それがすべき思考がなくても大丈夫という証拠です。

6.朗読する

1日3回2分間、時間を決めて「すべき思考」と「自己批判」を朗読します。

・頭に浮かぶ「すべき思考」を書きとめて大声で読む
・レコーダーに録音したものを聞く

客観的に耳にすることで、その考えがいかにばかげたことがわかりまっせ、と。

かなり強力だと思います。

7.知識の限界を知る

「私は~すべきでなかった」
「もし、あらかじめ知っていたら違った行動をとっていた」

こう考える人は問いましょう。

「完璧に未来の結果を予測することができますか?」

「No」だよね? とバーンズ先生。(2回目)

自分を過剰に責めているとき、そこには全能感が漂っています。私自身、そう気づいてからは、恥ずかしくて頬を染めるばかりです。

「限られた知識をもった不完全な人間として自分を受け入れ、たまには自分も失敗するということを悟るか、もしくは自分が嫌になってしまうか」

どちらを選ぶかはあなた次第です。

最後に

「すべき」「ねばならない」だけでこれだけの内容量になるってすごいですよね。まだまだ書けそうな余韻があります。支配圏がそれだけ広いということでしょうか。ネバネバ・ベキベキ恐るべし。

つらい気持ちを和らげるためには、自分が口にする「すべき」「ねばならない」をチェックすること。

そして、柔らかな言葉に言い換えること。

「~できたらいいな」
「~なら素晴らしい」
「それなりに~しよう」

「Ha-ha! また言ってら~」と笑えるようになった頃には、いやな気分とうまく付き合うコツを掴んでいるはずです。

強固な「ねばならない」を手放せたらいいな。

柔軟でウィットに富んだ人になれたら素晴らしい。

そんな感じで、それなりに、ぼちぼちやっていきましょう。

 

<参考書籍>
岡野守也 (2008)『いやな気分の整理学 論理療法のすすめ』MHK出版 pp.58-88

デビット・D・バーンズ (2005)『いやな気分よ、さようなら ― 自分で学ぶ「抑うつ」克服法 増補改訂第2版』(野村総一郎ほか訳) 星和書店 pp.203-227

<癒し>

レッサーパンダ・フルサイズ

レッサーパンダ(小熊猫)が可愛すぎる件。

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