今日は、私がうつ病と診断され、絶望していたときにくり返し読んだ本をご紹介したいと思います。
KinKi Kids・堂本剛さんのエッセイ『ぼくの靴音』。
この本にははっきりと書かれていませんが、堂本剛さんは過去に過呼吸症候群・パニック障害に苦しんでいたことを告白しているそうです。*1
当時の私は、仕事に疲れ果て、人間関係もうまくいかず、弱り切っていました。そんなときこの本に出会い、彼の言葉に救われました。「こんなにネガティブで、ウツウツと考えてるのは私だけじゃないんだ」「私が感じていたことは間違いじゃなかったんだ」と。
堂本さんの繊細な感受性、自分と正面から向き合う姿、そこから生まれる言葉の数々……。
もう一度読み返してみて、改めて、彼の優しさを感じました。
「死にたい、死ねない、死にたい、死ねない、死にたい」
堂本さんは、心の病に悩まされていた過去について語っています。
命の崖っぷちに立って、後ろを振り返る事もせず、“このまま落ちてしまいたい、そうすれば全てが楽になる”と、力なく小さく笑った自分自身を見てしまった事がある (……) 眼には見えないものに攻撃され、追い詰められ…。そして最後には、避難場所を求める気持ちが、とんでもない言葉を僕の頭をよぎらせた。決して、簡単に口にしてはいけない言葉…。
(「他人を責める事に恥を識れ」より)
芸能界で華々しく活躍する彼が、こんな苦悩を抱えていたなんて……。切羽詰まったギリギリの状況。私も何度も経験したつらい瞬間。
それでも、彼は言います。
僕は思う。原因は、主にストレスだと云われているが、人間だって、壊れることがあるんだ。機械が壊れるのと同じように、人間だってたまにガタが来る。それも人間の当たり前の姿。恋をするのと同じくらい当たり前の姿。恐れる事はない。
(……)
そう、恐れないで欲しい。僕も経験したし。でも、仕事出来てるし。生きてる事に誇りを持とう。生きてるって素晴らしい。生きてるんだから、たくさん悩んで、泣いて、元気になれたら、たくさん笑って、自分が理想とする自分に逢いに行こうよ。そうなれた時。傷付けてしまったり、助けて貰ったりした人にお返しをすれば良い。
(「自分の人生を生きよう」より)
この言葉は、病気で働けない悔しさを和らげてくれました。
「そうだよね、誰だって疲れて動けなくなることもあるよね」
「そっか。元気になったら、いっぱい恩返しすればいいんだ」
心の病に支配されたときの悪い癖
人間関係に悩み、私は人を信じることが怖くなりました。さらに、病気になったことを友人に伝えたことで、周囲から距離を置かれたように感じて、「自分は孤独だ」と嘆く日々が続きました。すごく寂しかった……。
そんな私がドキッとした言葉。
人間は、追い詰められると、自分は独りだと勘違いする癖がある。多くの人達に支えられている僕でさえ、そんな風に思ってしまう時期があった。
だけど、そうじゃない。
そう考えてしまうのは、自分にしか意識が向いていないだけの事だ。それ程までに傷付いてしまっているからだろう。
そんな時こそ、周りの景色を注意してみようと、今、僕は思う。誰かに甘える事を腹立たしいと感じる自分が居る。でも、弱音を吐く姿も、涙する姿も自分なのだから、その時その時の自分を愛してあげよう。(「晴れたら良いな」より)
「あれ? 私のこの孤独感って勘違い?」 そう気付かされ、ちょっと苦笑い。
まぁ、病気のときに自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうのは仕方のないことです。
でも、もし彼の言うように、一瞬でも周りの景色を見ることができれば、何か変わるかもしれない。小さな小さな解決の糸口が見つかるかもしれない。
って、今だから言えることなんですけどね。
自分勝手でマイペースなナマケモノとして生きよう!
さまざまな苦悩を抱えながらも、芸能界の第一線で活動を続けてきた堂本さん。そんな彼が見つけた答え。
もがきながら沈んで行くような気持ちになった夜が幾晩もあった。でも、ある日、突然、新しい考えが背中を押した。
自分勝手に生きてみたら?
とにかく、自分が楽しいと思える事をやってみたら?
僕は思った。うん、そうだな。
振り返ってみると、僕は、狭い世界でしか生きて来なかった気がする。周囲の人が望む人間になろうとして、こうしなくちゃいけない、ああしたら駄目だなどと、自分自身に色々な制約を課して生きて来た。けれど、決められた囲いの中で生きている限り、その囲いを越えて成長する事は出来ない。そんなのつまらない。絶対に嫌だ。囲いなんか、取っ払っちゃえ。
人生は一度きりしかない。
今は“今”しかない。
自分が先ず楽しまなくてどうする!
そうでなくっちゃ、この人生を自分の人生だなんて胸張って云えない!!(「闘い」より)
正直、病気を患ってから私は「楽しい」という感覚がわからなくなっていました。自分が好きだったこともわからなくなって。
でも、「楽しむ」を「もっと自由に、ラクしよう」と言いかえてみることで、少し心が軽くなりました。「自分は(動物の)ナマケモノとして生きる!」と言い聞かせることが、私にとって「楽しむ」を見つけるステップになったんです。
あなたは今、自由に生きていますか? 人生、ちゃんと怠けていますか?
命あるものの温もりを感じて
最後に、私が何度も何度も読み返した言葉を。
そう、生きるというのは、ある意味、過酷だ。日々、考えて、闘って、周りから打たれて、涙して、その後に笑顔が零れる。大変だ。僕の気持ちの持ち方で、この先、何がどれだけ変わるんだろうか…と思う事もある。でも、生意気を云うつもりじゃなく、多分、誰だって、生きる事で周囲の誰かを支え、励ましている筈。
(「他人を責める事に恥を識れ」より)
苦しい毎日を過ごしているあなたは、生きる意味を見いだせなくなっているかもしれません。「生きてることに意味がある」なんて言葉をはねのけたくなる気持ちもわかります。
でも、あなたの存在に励まされている人は必ずいます。
この文章を読んでくれている人の中で、もしも、命を消そう、命を捨てようなどと考えている人が居たら、是非とも、もう一度考え直して欲しい。そして、感じて欲しい、命あるものの温もりを…。
(「命あるもの」より)
命あるものの温もり。
これこそが生きる糧になると私は確信しています。動物、植物、生きているものすべてが持つ「命」。その鼓動を感じられたとき、初めて私は心から「よかった」と思えました。うまく表現できないのですが……。
靴音を聴きながら。
温もりを探しに、一緒に歩いていきませんか?
<本日の一冊>
*1 参照サイト: 堂本剛 – Wikipedia
【追記】タイトルに「パニック障害を告白した」と入れていましたが、正確な情報を確認できなかったため、一部変更しました。
ナミさん、少し振りです。
この12月は、やる気も薄く、寝ているばかりで、動けていませんでした。
堂本剛さんが、病気だったことは知りませんでした。
ナミさんが紹介してくれた本(KinKi Kids・堂本剛さんのエッセイ『ぼくの靴音』)を近い内に読んでみたいと思います。
>伸(shin)さん
お久しぶりです。体調が優れない中、コメントありがとうございます。この季節はどうしても気分がふさぎがちになりますよね。
『ぼくの靴音』、しおれた花に水を注いでくれるような本です。
どうぞお大事になさってくださいね。
はじめまして。ナミさんの記事に助けられている者です。同時に、剛さんのファンでもあります。
私も、何度も何度も読みました。
いつも彼は「一度きりの人生だから自分らしく生きようね」とファンの私たちに語りかけるように話してくれます。
彼のラジオ番組には(YouTubeで聞けます)はまざまな世代からの死にたいという悩みなど、深いメールがたくさん届きます。それらをひとつひとつ、いつも真剣に答えているその姿に胸を打たれます。
ずっとブログを読んできましたが、この本が紹介されてると知って勇気をだしてコメントしてしまいました。
良ければラジオ聞いてみてください。この本に書かれている苦しみから得たものを、今苦しんでる人たちに優しく語りかけています。
はじめまして。
私も心に色々な悩みを抱え込んでおり、色々検索してたらここにたどりつきました。
そのような本があるのですね。知らなかったです。
「自分の存在が励みになっている人がいる」という言葉に、グッときました。
私も弱いしちっぽけだし役立たずだしいいところもないし…
そんな人間だから、人の役になんて立ってない、いてもどうしようもないと思っていました。
でも、私がいてくれる事で喜ぶ人もいるんですね。
ありがとうございました。
私も近いうちに、自分の背負ってきた苦しみを発信するブログを作りたいと思います。
アニメ好きなのでアニメに特化した内容のブログになりそうですが(笑)
では。長文失礼いたしました!