苦しみをやり過ごす方法・「好き」を探す方法

本と林檎

自分が好きなものを「おもしろくない」と言われると悲しい。

好きな人が、自分の好きなものを「おもしろくない」と言っていると、二重に悲しい。

それに気づいたとき、「おもしろくない」と評されたものが本当に好きなんだとわかります。同時に、「おもしろくない」と言った人のことが本当に好きなんだと痛感します。

嗜好なんて人それぞれで、自分が良いと思うものをみんなが良いと思うわけないのに。

やっぱり心から好きな人と心から好きなものを共有したいという気持ちを持っているのですね。

それが私にとっての喜びなのだなぁとしみじみ感じております。

全部どうでもよくなったときの歌

ひどい抑うつ状態に陥ると「無」になってしまいます。

何にも興味を持てなくなる。自分が何が好きかもわからない。心が死ぬ。

「心が死ぬ」がどういう状態かと問われたら、うまく説明できないのですが、「~したい」というエネルギーが枯れてしまうことは確かです。

この状態を思うとき、いつも私の頭には椎名林檎さんのあるメロディーが流れます。

何も善いと思へない
余り憤慨もしない
今日は何曜日だつた?
然して問題ぢやないか

抑揚のない投げやりな歌い方、「やっつけ仕事」というタイトルもまた生命力を失ってしまった心性によく合いました。

さらに、1番と2番の歌詞がごっちゃになって、

「嗚呼 遺体になっちゃいたいのに」

とリフレイン。

死を日常的に感じすぎて、「痛い思いをしたいのに」と「機械になっちゃいたいのに」が混ざっちゃったんですね。椎名林檎さんなら普通に歌いそうと感じられるところもまたすごいのですけれども。

こんなに「無」に近い状態でも、特定の作品・アーティストに心を寄せていたという点で、やはりどのような状況にあっても、人は何かを好んだり好まなかったりすることがよくわかります。

苦しみをやり過ごす方法

つらくてつらくて、明日も生きていると考えただけで絶望的な気分になるとき、好きなものがあると救われます。

具体的であれば具体的であるほど良い。

例えば私は、

「死ぬのはシュークリームを食べてからにしよう」
「死ぬのは髪を寄付してから考えよう」

そう考えて、死にたい気持ちをやりすごしました。実際にシュークリームを食べたのは数えるほどです。そもそも食欲がなかったので食べられなかったと思います。ただ、シュークリームを食べて幸せを感じた過去の記憶と、今ここにいる自分が頭の中に浮かべる幸せなイメージによって、つらい気持ちから一瞬目を逸らすことができました。もう少し具体的に言うと、美しい海にプカプカ浮かんでシュークリームを食べている映像です。ドーナツ型の浮き輪にお尻を乗せて上手にバランスを取っているんですね。ああ、イメージの力!

髪の寄付(ヘアドネーション)は長期的なものだったので、じわじわと効果を発揮してくれました。主治医にも「それは良い作戦ですね」とお墨付きをもらいましたし、おすすめです。全員が実践できるものではないですけどね。

ピースの又吉さんは「中村(文則)さんの新作が読める限り生きて行こうと思います」と言っています。

遭難して、生きるか死ぬかの瀬戸際にあった人が「あったかい味噌汁のことを考えていた」というようなことを言っているのをテレビで見たこともあります。

具体的な喜びのイメージは身を助けてくれるようです。

「好き」「楽しい」「嬉しい」を心得ておくことは、生きていく上でとても大事なことなんだと痛感しています。

どんなにつらい症状に苦しめられていても、波はあります。ほんの少し痛みが和らいだときに、

「空がキレイだな」
「風が気持ちいいな」

そう感じることができたら、それは生きるエネルギーになるはずです。

図書館へ行こう

「『好き』を大切に」と言われても困ってしまうわ……という人もいるかもしれません。

そんなときは、図書館へGO!

・小説
・絵本
・雑誌
・図鑑
・作品集・図録
・音楽
・専門書

きっと自分の求める言葉と出会えるはず。素晴らしい作品は本当にたくさんあります。図録や地図をぼんやり眺めるのも良い時間つぶしになります。地域の公共図書館は趣味の本もけっこう充実していますね。

また、図書館通いはリハビリにもなります。

調子がすぐれなかった頃、毎日図書館に通っていました。図書館の閲覧スペースで本を読んでいたのですが、とにかく体がだるくて忍耐の時間でした。

横になりたくて横になりたくて、文章を目で追ってはいるのだけれど、途中からもう「横になりたい」で頭がいっぱい。最終的には、図書館の空きスペースで横になるシミュレーションまでする始末。

それでも、午前中いっぱいは図書館で過ごすと決めていたので、ぐぬぬと耐えていました。ああ、「横になりたい」と闘っていた日々よ。

今思えば、そこまで我慢しなくてもよかったのでは? と己の融通の利かなさにちょっと笑います。どんなに頑張っても、その反動で寝込んだら元の木阿弥です。

つらい気持ちが少しでもラクになるように

病気になったことを「よかった」とは到底言えませんが、自宅療養する機会がなければ、こんなにも本を読んだり音楽を聴いたり映画を観たりする時間を取ることはできなかったわけで、それについては、ありがたいことだったなぁと思っています。

あの時間がなかったら、私は己の愚に気づくことも、世界には優れた作品がたくさんあることにも気づけなかったかもしれない。そう思うと、空恐ろしい気持ちになります。いや、それはちょっと大げさか。

まぁ、こういうのはすべて結果論なので、あとからはどのようにも解釈できるんですけどね。何年後かには、今のこの自分の行いを深く悔いている可能性もゼロではありません。

というわけで、今この瞬間、自分を心地よいと感じられることを大切にしたいよね、というのが本日の結論です。

つらくて苦しい毎日が少しでもラクになるよう、自分に優しくすることも大事ですね。

 
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3年前の記事。我ながらJHDACの理念に対するコメントがひどい。もうちょっとあったでしょって感じです。また改めて書きたいですね。

 
<本日の作品>
椎名林檎「加爾基 精液 栗ノ花」2003年

何度聴いても、感嘆の溜息。

1 COMMENT

Ruri

今日もナミさんのお陰で気付かされた事がたくさんありました。
病気になってしまった事は喜べるものではないけれど、こうならなければ絶対に解らなかった気持ちや、発見がたくさんありますね。
こうやってナミさんに出会えた事もとても嬉しく思います。なかったと思うと空恐ろしいです(うひひw)。
いつも助けてくれてありがとう。

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