この前ちょっとイラついたことがありました。
回答に悩む雑な質問をされたからです。
そのとき、以前読んだネット記事を思い出しました。
【チャット文化】若者とのコミュニケーションで感じた違和感の正体|中村洋太(ライター&コンサル)|note
とある学校で外部講師として授業をした筆者の体験談です。ある日、筆者のもとにLINEが届きました。学生からのメッセージです。その学生と面識はありますが、数年ぶりの連絡です。メッセージにはこうありました。
さぁ、どう返す!?
ああ短文チャット文化に対する戸惑いが止まらないぜ~! という感じの内容でほんとに「わかる! まさにこれ」とめちゃくちゃ共感しました。これは若者に限らない話です。
この記事は大きな反響があったようで、メディアの取材記事にもなっていました。
この記事をきっかけに、私自身も考えました。
まず気になるのは、「なぜざっくりした質問をするのか」です。考えられるのは「何をどう聞けばいいかわからないから」。前提知識も少ないし、とりあえず聞いちゃった方が話が早いだろうという判断です。考えてみれば、自分だってそういう状況あるよなぁと気づきます。
また、ざっくり質問にもメリットがあります。初手を相手に委ねることで発想を制限しないアプローチができるんですよね。「こっちで条件分岐と回答用意せないかんのかい!」とイラついた自分にはなかった視点です。
まあそれでも「相手が質問してくれることを想定して、やりとりするつもりでいる」って、その場に居合わせているならそれでいいけど、チャットとかでやるのはやめてくれーと思います。細切れのラリーが長く続くのってすごく疲れるんですよね……。慣れていないから下手という部分も大きいのかなとは思うのですが……。
テキトーに投げられた問いにどう答えるか。
私はその場の思いつきで質問することが少ないので、どんな回答を期待しているのか実感としてよくわかりません。もちろん、キッチリかっちりパーフェクトな答えがほしいわけじゃないということはわかります。
けど、適当な答えを返すのも難しくない? 適当でいいなら「あなたの好きなようにしたらいいと思う」になっちゃうよ、と思ってしまって。
でも、相手は何かヒントがほしいから言葉を発したわけで、その回答じゃ身も蓋もないじゃんねってことになって、うーん……と考え込んでしまうのです。
自分基準で考えたらダメですね。常に異文化交流のつもりで人と接したらいいのかもしれない。同じ日本人でも同じ感覚を持っているとは限りません。宇宙人との交信だと思っていれば、「こんなに通じ合えるなんてすごい!」と感動できそうです。
今回の話題に関しては、
- 気軽に質問してくる人に真面目に悩んでしまう問題
- 気軽に質問してくる人にイライラしてしまう問題
この2つもあると思うので、このあたりまた改めて考えてみたいと思います。
【次回予告】チャットでおすすめを聞かれたときの答え方