満たされない心、救われない現実を生きる/『HANA-BI』感想

北野武監督作品『HANA-BI』を観ました。今日はその感想をつらつら書いてみたいと思います。ネタバレはありません。

あらすじ
主人公の西刑事(ビートたけし)は、数か月前に子を失い、妻(岸本加世子)が不治の病に冒されていると知らされる。追い打ちをかけるかのように、妻の見舞いに行くよう勧めてくれた相棒の堀部(大杉漣)が撃たれる。その後、犯人を追い詰めるが、反撃を受け、部下が命を落とす。堀部は一命をとりとめたものの、車いすの生活となり、妻と子も去ってしまう。そんな彼のため、殉職した部下の家族のため、そして妻との残された時間のため、西はある決心をする。

主な登場人物は3人。ビートたけし演じる元刑事の主人公・西、子を亡くし不治の病に冒された西の妻(岸本加世子)、かつて西とコンビを組んでいた元刑事で、張り込み中に撃たれ半身不随になった堀部(大杉漣)。

同僚はケガをし、部下の一人は殉職。さらに子供を亡くして、奥さんの余命も少ない。もし自分が西の立場だったら……と考えただけでつらいですよね。そんなところから物語は始まります。

メインは西夫妻の話ですが、並行して大杉漣さん演じる堀部の生き方も描かれます。それがまたいいんですよね。事件後の堀部は下半身不随の車いす生活。仕事も退職、妻と子供も去り、持てあました時間を埋めるために絵を描き始めます。その絵はたけしが描いた作品で、要所要所に差し込まれて、観ているこちらを不思議な気持ちにさせます。

そうしてストーリーは進んでいくわけなのですが、しんみりした中にもクスッと笑えるシーンもあるし、映像は美しいし、久石譲の音楽は心に沁みるし、いい映画だなと思いました。特に岸本加世子さんの最後のセリフには、本当にじーんときます。それまでの彼女のふるまいがすべてつながって、救われるような救われないような、心が温まるようなぎゅーっと押し潰されるような、何とも言えない気持ち。短い言葉にすべて思のいが込められているようですごかった。卒業式にいろいろ思い出してうぅぅと涙してしまうような感じ。

言葉で語らず、映像だけで語らせているのが良いです。頭であれこれ考えるのではなく、いろんな気持ちがじんわりと心に広がります。だから、見終わった後も、いつもとは違う余韻がずっと続いていました。言葉にならないけど、ずっとずっとほのかに反芻しているような。

 

『HA NA-BI』の中で印象的だったのは、大杉漣さん演じる堀部の寂しげな背中。

家族を失い、体も不自由で、仕事もできない。それで彼は自殺しようとするけれど、死ねなかった。

大事なものを失って、生きる希望もなく、気力もなく、ただあるのは、今も生きてしまっている虚しさのようなものだけ。

すべての感情が消えて、からっぽになってしまったような……。

美しい海を見つめる姿は、死と向き合っているように見えました。悲しさと寂しさとやりきれなさと、何か自分と共鳴するところがあったように思います。

満開の桜を見上げる場面も、美しくて、泣きたくなりました。

花屋でいろいろな花を見つめるシーンも印象に残っています。花って不思議な魅力があって、心が弱っているとき目にすると、その生命力溢れる存在感に圧倒されちゃうんですよね。そんなふうに感じていた頃の自分を思い出して、懐かしいような切ないような気持ちになりました。

 

堀部の存在は、西の存在を際立たせています。刹那的で破滅的な西の生き方は「火」のよう。一方の堀部は、死ぬことができず「花」の絵を描きながら、ゆっくりと生きていきます。癒えない孤独を抱えて。

どちらがいいのかはわかりません。ただ、西の激しい衝動は、優しさゆえに生まれるものだと思うと、これまた切なくて哀しいものに感じられました。

花のように、火のように。
花火のように、火花のように。

それぞれの散り方、それぞれの美しさとは。

生きていかなくてはいけない感じと、いさぎよく死んでしまいたい感じの両方が行ったり来たりして、「あーやっぱりねー」と観念するような気持ちです。

それと同時に、足りないものがあっても、物事のよさを味わい、満たされた気持ちになることはできるかもしれないとも思いました。ならなかったとしても、それが多分生きるということで、それはそれでよいのだと。

死があるから生はより映えるし、現状は置いておいて、何かを美しいと思える感性を大切に育てていくといい感じ。

暴力シーンは目を覆ってしまうほどに強烈ですが、それを比喩的に捉えれば、これもまた「静」を引き立てる対比の要素となっているのかもしれません。

「超おすすめだよッ!」とポップに紹介する雰囲気ではないけれど、心の深いところで静かに響くような作品でした。

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