なぜこんな気持ちになるの?自分の本心を知るヒント

困り顔の猫

「なんでこんなに腹が立つんだろう?」
「どうしてこんなに不安なんだろう?」
「いつも後ろめたい思いがあるのはなぜ?」

自分の気持ちをうまく説明できないとモヤモヤしてしまいますよね。

エネルギー爆発系の感情も、エネルギー消失系の感情も、うまくコントロールできないと困ってしまいます。

怒りや不安、罪悪感とうまく付き合っていくためには、「これってこういうことなんだね」と理解することが必要。

ってそれがすんごい難しい。

でも、いろいろ探ってみることで、答えの欠片は見つけられます。

今日は、その答え探しに一役買ってくれそうなヒントをご紹介します。

一般的な不快な感情の目的

「なんでこんな気持ちになるんだろう?」

それにはちゃんと理由があって、感情は目的を果たすために働くものなのだとか。

今から紹介するのは、ディンクメイヤーとマッケイが示した「一般的な不快な感情の目的」の一部。アサーション・トレーニングの本で紹介されていたものです。

  • 怒り(支配する、勝つ、仕返しする、権利を守る)
  • いらだち(不賛成を示す、気が散る状態を止める、動きを作る)
  • 絶望(自分に諦める許可を与える)
  • ふさぎこみ(怒りをあらわす、支配する、休憩する、助けてもらう、嘆きを表す)
  • 不安と恐怖(自分を守る、発奮する、行動的になる)
  • 罪悪感(自分を罰する、義務を無視する、自分が適切な行動をとることを免除する、優越感を示す、強い怒りを感じないように自分を守る、実際にはない善意を表す)

(『アサーション・トレーニング 自分らしい感情表現』p.68)

これらの感情に支配されたとき、

「その目的は何か?」

と問うことで、自分の本心を知るヒントになるよ、とのこと。

7つの感情、一つずつ見ていきましょう。

怒り

・支配する
・勝つ
・仕返しする
・権利を守る

たとえば、待ち合わせに遅れてきた人に対してめっちゃ怒るとか。

約束を破った相手に怒るのは当然ですが、あまりにも過剰な怒りは、相手を支配しようとしているとも言えます。

我輩のルールに沿わん奴は絶対に許さん! みたいに。

いらだち

・不賛成を示す
・気が散る状態を止める
・動きを作る

「怒り」と「イライラ」の違いは何だろう? とよく考えるのですが、感情の目的を考えるとわかりやすくなりますね。

怒りは相手に強く働きかけるもの。いらだちは自分がどう動くか、自身に働きかける部分が多くなります。自分の内に感情が溜まっている感じ。

絶望

・自分に諦める許可を与える

絶望の目的が「自分に諦める許可を与える」というのは面白いなあと思いました。いや、絶望自体は全然面白くないんですけど、そういうふうに捉えたことはなかったので、すごく新鮮で。

確かに、「もうダメだ終わった」と肩を落としているときって、諦めるべき理由をたくさん挙げられます。

望みが絶たれた悲しみの最中にいると、まったくそれどころじゃないんだけれど、客観的に眺めてみると、なるほど確かに諦めの選択につながっています。

ふさぎ込み

・怒りをあらわす
・支配する
・休憩する
・助けてもらう
・嘆きを表す

ふさぎ込むことによって、怒りを表現するというのもわかります。

私は子供の頃、この手を使って怒りを表現することがありました。怒りをまき散らす人が身近にいたので、「そういう人にはなりたくない」という思いが強かったんですよね。だから、声を荒げる代わりに、静かな怒りの表現を選んだのでしょう。

このとき求めていたものは相手の関心?「私のことを大切にしてほしい」という気持ちが多くを占めていたんじゃないかと思います。

不安と恐怖

・自分を守る
・発奮する
・行動的になる

不安と恐怖に関しては、停止する方向に働く感覚も多いですよね。下手に行動して失敗するといけないから、不安が大きいときは自制したり。

罪悪感

・自分を罰する
・義務を無視する
・自分が適切な行動をとることを免除する
・優越感を示す
・強い怒りを感じないように自分を守る
・実際にはない善意を表す

罪悪感は、かなり幅広いというか、ここに書かれている言葉だけで説明するのは難しい気がします。

私自身がよく実感する罪悪感は、自分を罰することにより赦しを得ようとすること。それに関連して、「自分が適切な行動をとることを免除する」「強い怒りを感じないように自分を守る」というのは何となくわかります。

謝罪の代わりに、自身に罪を科して「私は幸せになってはいけない」と責め続けるとか。許せない相手への憎しみを抑えるために「こんな醜い感情を持つ私は悪い人間だ」と自分を罰し続けるとか。罪悪感によって、前向きな努力(幸せになるための努力)を手放すとか。

ただ、「優越感を示す」とか「実際にはない善意を表す」ってのは、さすがに皮肉っぽすぎますよね。自分で自分に問いかけるのはいいですけど、他人に言っちゃったら関係にヒビが入りそう。

まーでも、言われてみると確かにそうなんですよね。

なんだかんだ言っても、人は自分が大事だし、自分に一番興味を持っている。

そんな自分の目的(願いや欲求?)を果たすために感情があるというのは、納得です。

スッキリのヒントと程よい心構え

ここで挙げたものは「感情の目的」の一部です。

興味のある人はもっと詳しく調べてみると、新たな知見が得られて、見える世界も広がりそうですね。

ただ、その答えは絶対ではないと思います。というか、完璧に理解することは難しい。形がないものを何らかの形にきちっと整えるのは無理があります。

なので私は、こういう感情の解釈は50%OFFで取り入れています。「へぇ~そういう考え方もあるのね~」ぐらいに。

これは私が何でも素直に受け入れすぎてしまう傾向を考慮してのことですが、“心”の話は、どうしてもこじつけみたいな部分が出てきちゃうので、一つの答えに固執しない方がいいですよね。

いろいろな考え方があるからこそ、たくさんの人の捉え方を取り入れて、それぞれを比べながら自分なりの答えを見つけていきたいところです。

完璧ではなくても、それなりに納得できると、モヤモヤが晴れて、スッキリすることもあるじゃないですか。

もしそうなればラッキーだな。

もしそうならなかったら、

人間とは実に難儀なもんじゃ。

それぐらいに思ってやっていくと、ほどよい具合に過ごしていけるんじゃないかと思います。

 

<参考書籍>
土沼雅子 (2012)『アサーション・トレーニング 自分らしい感情表現 ―ラクに気持ちを伝えるために―』日本精神技術研究所

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