ナミうつブログ

「うつ」のお悩みを軽くするヒントを双極Ⅱ型障害の人が模索するブログです。

私が愛されたい人に愛されない理由

 

サングラス

「愛されるよりも愛したい真剣(マジ)で」と思うことはありますか?

私は「愛したい人に愛されたい本気(マジ)で」と願うばかりです。しかしながら、私が人に向ける好意が適切なものか自信がありません。自分にとって都合の良い部分を撫でているだけのように感じられるからです。

誰かに心を寄せる恐怖もあります。好きな人に拒絶されるのが怖いっていうね。そんなようなことを以下、書き綴っております。個人的な日記ですが、「愛されたい」と強く願っている人や、上っ面な自分のふるまいに嫌気が差している人に何か通じるものがあるかもしれません。

私はもっと人を疑うべきだ

誰かのことを好きになるともうその人のことで頭がいっぱい! ということはありますか?

私はあります。と言っても、惚れっぽいとはちょっと違います。盲信というのが近いですかね。「はぁ~すごーーー」と圧倒されてしまう感じです。

昔からそういう単純さはあったものの、いろいろな経験を通してちょっとはクールに見られるようになってきたかなと思っていたのですが、やっぱり根本的な部分は変わりませんね。

いったんお気に入り認定してしまうと、その人を丸ごと好きになってしまうので、目が曇ります。好き好き大好き超愛してるメガネをかけてしまうのですね。

相手は日常生活で接する人間に限りません。例えば、本を一冊読み終えたとき、その書き手に対して「はぁ、抱かれたい」と思うことがあります。性別関係なく、その人の吐く言葉や生き様や佇まいに心酔してしまうのです。そういう自分が気持ち悪いし、あんたが酔っているのは全部自分で作り上げた幻想だからな、と思いつつも、好き好き大好き超愛してるメガネをかけてしまっていますから、そんな言葉は虚しく滑り落ちていきます。

それで「いけないいけない」と思って、「間違っているところは間違っていると言うんだぞ」と気を引き締めるのですが、結局「はぁ……好き」となる。多分それでもいいんでしょうけど、私はツッコミどころを見逃しているはずです。こういう盲目的な姿勢は嫌だし、相手にも失礼だと思うのですが、何せ単純なものですから、すぐに染まってしまいます。

つまり、見出しの「人」は「好きな人」です。気に入らない人は最初から疑ってかかるし、嫌いな人に関しては揚げ足を取ろうと粗さがしをしている節があります。その行動は自分の惨めさを慰めるために行われることが多いです。例えば、美人に対する嫉妬心を源にした怒りとか。

今書きながら思ったんですけど、私はいったん「好き」フォルダに入れてからの強化具合がすごいのかもしれません。「好き」をどんどん見つけ出して、対象を「大好き」「大大大好き」「大大大大大好き」に育てていく。とってもとってもとってもとってもとってもとっても大スキよっつって。そうなるともうよっぽどでない限り「嫌い」フォルダに移されることはありません。

私は割と人に対して好意を寄せやすい性質があるようにも感じます。だからこそ、嫌われることを恐れがちなのかもしれません。だって、好きな人には好かれたいじゃないですか。好きな人に嫌われたら悲しいですよね。で、嫌われるぐらいなら、嫌われる前に嫌いになっておこうという態度が私にはある。自己防衛。「もう誰も信じられない!」と泣いていたときなんか完全にそうです。私は愛されたいと切に願っていたのです。

しかしながら、「愛する」ということは、好き好き大好き超愛してるメガネをかけることではありません。そのメガネをかけていたら、相手の本当の姿を見逃してしまうかもしれないから。「愛する」とは、その人の醜さをも受け入れることであるはずです。(と書いたそばから「そうなのか?」という疑問が浮かんでいますが、とりあえずスルーします)

でも私は自分の醜さを受け入れてもらえるとは到底信じられないし、拒絶されることを過剰に恐れていますから、見つめられるのが怖い。何の役にも立たない糞みたいなプライドも鎮座しています。

だから、「ちょっと、適当なパーティメガネでもかけててください」って言う。

それじゃ愛されませんわな。向き合おうとしていないんですもの。

相手に正面から見つめられることを恐れた結果、自分も相手を正面から見つめることができなくなっています。相手に見ないでって言っておいて、自分だけガン見するのは申し訳ないでしょ? と言い訳して。

私は好き好き大好き超愛してるメガネを外さなければなりません。疑いの目を向けることは、相手を悪だと決めつけることではありません。相手を正面から見つめ愛するために必要なことです。

私はそれができていない。つまり、誰も愛していない。痛みを排除して、心地好さを求めているだけ。

で、こういう話をすると、「そんな難しく考えなくてもいいと思うよ」とか「理屈じゃないのよ」とか「誰だってそうだよ」とか「そうやってゴチャゴチャ言ってるからダメなんだよ」とかいった言葉が返ってきたりするのですが、なんと言ったらいいんですかね、自身を愛せずして誰を愛せようか! みたいな話? いや、違うな。うーん、ちょっとうまく言えないんですけど。何にせよ私は己の愚を認めなければならないってところはありますよね。はい、あるんです。

「愛してるって最近言わなくなったのは本当にあなたを愛し始めたから」と歌い上げられたときは、「前は愛してるって言ってたのかよよく恥ずかしげもなく言えるな嘘くさい言葉だな」と思ったものですが、私のふるまいの方がよっぽど嘘くさい。

この嘘くささを拭うためにも、私はもっと人の言葉やふるまいを見つめる必要があります。そのためには、自他をじっくり観察しなければいけません。「本当にそうか?」と疑う必要もあるでしょう。多分そうやって見つめ続けるうちに、上っ面じゃない「好き」という気持ちが生まれるんじゃないかなぁと今のところは考えています。

 - 雑記・独り言 

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Comment

  1. 紙氏 より:

    ググっているときにこのページを見つけ、あなたの記事を初めて拝読しました。
    ご自分のことをまっすぐに見つめて分析される精神力……すごいなと感心してしまいました。
    記事の内容には、深く共感します。
    でも、私はあなたみたいに自分のことをまだ冷静には見られません。いつかそうなれると良いのですが……。

    ちなみに、私はおそらく境界性人格障害(いわゆる「境界例」「ボーダー」)です。自己分析ですが。
    他人に対する評価が「大好き、素晴らしい人!」という極端な好意から、時間が経つと「気持ち悪い、めちゃくちゃに傷つけばいいのに!」という激しい憎悪へと揺れ動きます。多くの場合、愛情を抱いている相手から見放されるのが怖いという自己防衛の気持ちから、嫌悪感・憎悪へと変化しています。

    また、記事を読ませていただきますね。

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