映画『THE END(ジ・エンド)』を観ました。ティルダ・スウィントンが大好きなので、こりゃ観るっきゃない!とワクワク&ミーハーな気持ちで観たら、かなりずっしりくる面白さで、一人静かに興奮しています。
劇中にいくつか歌唱シーンがあるのですけれど、どのシーンも素晴らしい。歌だけでなく、どこを取ってもよきですよ~。
という表面的な感想はここまでにして、以下、この映画を観て感じたことを書きます。具体的な場面への言及はほとんどありません。レビューというよりは、個人的な心の記録です。
『THE END(ジ・エンド)』
(原題: The End) / ジョシュア・オッペンハイマー監督 / 2024年
観終わってから、胸のあたりがずっとザワザワしています。衝撃を受けたわけでもないし、思わず言葉を失う、というのとも違う。ただ、何かが終わらないまま。頭がぼわぼわ。舞台演出でよくあるスモークがずっと立ち込めて残り続けている、そんな後味です。
この映画は、観る人を励ましたり、前向きな気持ちにさせたりしません。かといって、突き放すわけでもありません。ただ、葛藤の末に生きていく人の姿を淡々と見せてくる。何を見ないことにしているのか。どんなふうに自分を納得させているのか。あるいは、見えていないものは何なのか。その距離感が独特です。
興味深いのは、登場人物の誰かに強く感情移入するというよりは、物語の在り方そのものに引かれるところ。「ああ、これ知ってる」という、共感とはまた少し違った、何だろう、自分の経験に照らしていろいろ思うところがあるんだろうな的ゾーンが反応しているっぽい。
この映画について考えようとすると、次から次に問いが立ち上がってきます。どれも答えが出ない問い。作中でそれらの問いは、そのまま置いておかれます。そして、日常が続いていく。これが何ともまあ居心地が悪いんだ。閉塞感パネェすよ……。
「考えることをやめないでいたい」と思う一方で、「考え続けるのはあまりにもしんどいよな」とも思います。特に、自分の行い、正しかったとは到底言えない行いについて考え続けるのは……。ほら、例えば、「あなたの過去の行いで、考え続けるのがつらいことは何ですか?」なんて聞かれて、ペラペラ喋ることができますかという話。そりゃ口が急に重くなりますよね。
そんな気持ちを抱えたまま、抱えさせたまま、映画は終わります。終わったことにされます。
このシビアな視線はドキュメンタリー監督ならではのものなのでしょうかね。「大好きな映画です!」と言いたくなるタイプの作品ではないのだけれど、「私が求めているのはこういう映画なんだよ〜!」と言いたくはなりました。きっと、事あるごとに思い出すんだろうな~と思います。
考え続けること、問い続けることについて。そしてそんな自分の在り方に気づかされる映画でした。
