ナミうつブログ

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「いい子を演じるのに疲れた」の背景 ― 平田オリザ『わかりあえないことから』感想

 

砂場遊び

劇作家・演出家、平田オリザさんの新書を読みました。

世界を舞台に活躍する平田さんの言葉は、演劇に対する熱意やプライドみたいなものがビシバシ感じられて、カッコいいなぁ~と思いました。「なるほど!」と納得させられる視点もたくさんありました。

平田さんの分析や解説は論理的で、「演じる」とはどういうことなのか、少し理解できたような気がします。演劇に対する興味も湧きました。すごく奥が深くて面白そうだなぁと。

そんな中で、一つ気になる箇所がありました。「いい子を演じる」の小見出しがつけられたパートです。

平田さんが言うことはその通りだと思うし、納得しているんです。なのに、いつまで経っても私の中でくすぶっているものがある。この違和感は一体何だろう?

そのあたりについて考えてみました。

コミュニケーションの基礎的な能力

平田さんは大学の講義で、こんなクイズを出すのだそうです。

 皆さんに小学校一年生くらいの子どもがいるとしよう。その子が、学校から嬉しそうに走って帰ってきて、
「お母さん、お母さん、今日、僕、宿題やっていかなかったんだけど、田中先生、全然怒んなかったんだよ」
 と言ったとする。私は学生たちに問いかける。
「さあ、皆さんはいいお母さん、いいお父さんです。何と答えますか?」

(p.174)

子どもがお母さんに伝えたかったことは一体何でしょうか?

ポイントは「嬉しそうに走って帰ってきた」。その子は「宿題をやらなかったのに、怒られなくって儲かっちゃったよ」ということを伝えたいわけではない。本当に伝えたかったのは「田中先生は優しい」「田中先生が大好き」という気持ち。

このように子どもの気持ちを汲むことを、平田さんは「子どものコンテクストを受け止める」と表現しています。コンテクストとは「その人がどんなつもりでその言葉を使っているか」の全体像。このコンテクストを受け止め、さらに「受け止めているよ」というシグナルを返す。これが子どもと接するときの優れたコミュニケーションである、と。

なるほどなるほど、「コンテクスト」を理解することが大事なのだな、それこそがコミュニケーションの基礎的な能力なのだな、ふむふむ……。

そうやってしばらく読み進めた先に、私のモヤモヤポイントがありました。

「いい子を演じるのに疲れた」のコンテクストは?

平田さんは、不登校や引きこもりの子どもたちと演劇を通しておつきあいをされているのだそうです。その際、こんなやりとりがあるのだとか。

 そして彼らは口を揃えて、
「いい子を演じるのに疲れた」
 と言う。私は演劇人なので、そういう子たちには、
「本気で演じたこともないくせに、軽々しく『演じる』なんて使うな」
 といった話をする。

(p.218)

確かに! 本気で「演じよう」と意識したことないわ私! 「膝を打つ」という表現がありますが、まさにそんな感覚。

が、その直後「???」が私の頭を支配しました。

本当にその子は「本気で演じたこともない」のだろうか。そりゃ演劇のプロからしたら技術的な面は劣っているかもしれない。演じることへの思索も浅いだろう。でも、多くの子は本気なんじゃないかなぁ。

もちろん、平田さんが彼らを否定しようとしてそんなふうに言っているわけじゃないことはわかります。むしろ、ありのままを受け入れる優しさが込められているようにも感じます。声のトーンや喋り方によってニュアンスは変わりますし、このセリフをそのまま口にしたわけではないでしょう。「いい子を演じる自分も本当の自分であって、君が言う『演じる』は役を演じる仕事とはかけ離れている」という事実を伝えたにすぎないとも考えられます。

でも、これって「子どものコンテクストを受け止める」なのかな? 「受け止めているよ」というシグナルは伝わっているかな?

もし私が平田さんの立場だったらどうか考えてみました。

演劇の第一人者である私は人生をかけて「演じること」と向き合っている。何年も何十年もそれを考え続けてきた。苦しんで苦しんで、試行錯誤を続け、作品を生み出してきた。そんな私にある子どもが「いい子を演じるのに疲れた」と言った。

そりゃ平田さんのセリフ出ますよね。平田さんの気持ちめっちゃわかる(気がする)! これが演劇人のプライドだ(多分)!

子どものことは一旦置いておいて、平田さんの演劇への想いの強さ、真剣度は、もはや私なんかが言及してはいけないんじゃないかと思ってしまうレベルです。創作活動はもちろん、自分の作品を他者に伝えようとする姿勢もストイック。これが一流の人間の在り方なのでしょうか。恐れ多くて、もう、どうしましょう。

……という具合に、私は平田さんの気持ちを想像しました。平田さんがこういったことを子どもに伝えたかったのかどうかはわかりません。ただ、私には、子どものつらさがどれほどのものか、それをどんなふうに癒すかということよりも、平田さんの演劇への想いが強く表れているように感じられたのでした。

大人にとって都合の“いい子”を要領よく演じられない子

「いい子を演じる」問題と10年以上向き合ってきたという平田さん。

 いい子を演じることに疲れない子どもを作ることが、教育の目的ではなかったか。あるいは、できることなら、いい子を演じるのを楽しむほどのしたたかな子どもを作りたい。

(p.220)

これが叶えられたら素晴らしいですよね。平田さんが意図するところはわかるような気がします。普段、顔見知り程度の人と世間話をしたり社交辞令を言ったりするとき、適当なことばかり言っている自分が嫌になることがあります。でも、同時に演者になったような楽しさも感じます。きっと、そうやって時と場合に合わせた役を当たり前に、後ろめたさを感じることなく演じ分けられたらいいんでしょうね。

だけどやっぱり、です。“いい子”と一口に言っても、さまざまなタイプの“いい子”がいます。

例えば、私は「いい子を演じるのを楽しむほどのしたたかな子ども」と聞くと、先生や親の前ではいい顔をして、裏でズルしたり弱い者いじめをするような要領の“いい子”を思い浮かべてしまいます。彼らは本当に『いい子』を演じるのがうまい。とても器用で世渡り上手。まさに「いい子を演じることに疲れない子ども」。

一方、先ほど登場したようなタイプの子はどうでしょうか。一括りにして語ることはできませんが、私が思い浮かべるのは、大人の言うことをすべて聞き入れる素直な子、いつ何時でも『いい子』にならざるを得なかった子です。

『いい子』とは、手のかからない、大人にとって都合の“いい子”。

『いい子』じゃないと愛してもらえない。だから、『いい子』になろうと頑張る。失敗したら怒られる。呆れられる。捨てられる。だから完璧でなければいけない。そうじゃなければ、愛されない。

みんながみんなこういう思考ではないでしょうが、親が子に求めている在り方を『いい子』(であろうとする子)は察知している。優しさゆえに親の気持ちを第一に考えて、自分をないがしろにしてしまうのかもしれません。あるいは、親の気分ですべてが左右されるような環境で恐怖におびえている場合もあるかもしれません。

こういう状況で、演じることを楽しめるでしょうか。

『いい子』を演じることを楽しめるのは、演じていない自分に対する絶対的な肯定感があるから。いい子でなくても自分には愛される価値があると信じられる。一方、自分に自信を持てない子は「いい子でいなきゃ」と強迫的になってしまう。そうでなければ自分の存在を否定されるという恐れを持っているから。それが破綻した結果、「いい子を演じるのに疲れた」。

「いい子を演じることに疲れない子どもをつくる」ための教育は大事。子どもの能力をうまく引き出す指導者を育てることも必要。その前提として欠かせないのが、子どもが自身の存在意義を疑うことなく生活できていること。

いくら素晴らしい教育体制が整えられても、養育環境がギスギスしていたら子どもは萎縮してしまいます。

きっと平田さんは、自分に自信が持てない子に合わせたプランを提示していることでしょう。「本気で演じたこともないくせに、軽々しく『演じる』なんて使うな」というメッセージには、いい子を演じることに疲れてしまった子を肯定し励ます温かさもあったのだろうと予想します。

心が疲弊してしまった子に、演劇がどのような効果をもたらすのか、その後の変化については書かれていませんでした。書かれていないということは、あまり効果がなかったということなのか、今まさに向き合っている最中なのか、そもそも何かを変えようとする目的ではなかったのか、スペースの都合で割愛せざるを得なかっただけか。

すごく興味があります。

最後に

「いい子を演じる」の一部に注目してごちゃごちゃ言うのは、重箱の隅をつつくみたいでナンセンスかなぁと思ったのですが、モヤモヤを言葉にしたことで消化不良はそれなりに解消されました。

教育はすぐに結果が出るものではないので、長期的な視点で考えなければいけないし、それに見合った投資も必要、とわかったようなことを言いつつ、難しいことをいっぱい考えて頭が疲れました。

『わかりあえないことから』

「できる人」には、「できない人」がただの努力不足に見えるかもしれないけれど、どんなに頑張ってもできないことがある。目には見えない負荷を抱えている人もいる。それを知ってもらえるといいなと思います。同様に、多くの人が大したことないと思うことでも、深く傷ついてしまう繊細な子(人)もいるんだよということも。

これからの時代には、こういった弱者のコンテクストを理解する能力が必要だと平田さんは主張します。

相互理解のためには、自分の考えや言葉にするのが難しい微妙なニュアンスを伝えてみることも大事ですね。それぞれの意見を擦り合せて、よりよい道を探っていこう! ……と言うのは簡単なんですけれど。

そういう点で、平田さんの言葉の扱い方・向き合い方はすごいなと思います。コミュケーションに必要な道具(言葉、表情、身振り、視線、間など)を見極め、巧みに操っている感じがします。対話の必要性についてもわかりやすく書かれているので、興味のある方はぜひ。

【こちらもあわせてどうぞ】
息苦しさから逃れるための『コミュニケーション断念のすすめ』

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お詫び (2016.12.16)

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Comment

  1. 山本 良明 より:

    ブラボー
    &もっとはっきり言っちゃいなよ。

    いつも楽しく拝見しています。
    と言うより、励みにさせてもらっています。

    今年、今までしがみついていた仕事を離れました。
    ずいぶん悩みましたが、気がついたら自分一人になっていたので、思い切れました。

    また、悩み出したらお寄りします。

  2. マサミ より:

    はじめまして。最近よくこちらのブログを見させてもらっています。
    記事とは全然関係のない話なのですが…;;

    テレビアニメの おじゃる丸 が好きで、よく見ています。エンディングテーマがいくつかあって、今日は『かたつむり』という曲でした。
    今迄にも聞いた事はあったのですが、今日は歌詞がとても心に染みました。
    最後の部分は、ちょっと はっ!!!としますが、心が少し軽くなるかもです。
    短い歌ですが、ナミさんの書くブログのように、やさしくて癒される、とてもいい曲です。
    機会があったら、聞いてみてください。

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